セコンド役の女性に付き添われて控え室に戻った花恋は、彼女にグローブとバンデージを外してもらったあと、彼女に促されて、設置されていた簡易ベッドに横になると、彼女に、しばらく一人にしてくれるよう頼みました。そして、彼女がそれに応じて、控え室をあとにすると、花恋の大きな瞳から、我慢していた悔し涙が、一気に溢れてきました。

 子供の頃、ガキ大将だった花恋は、たとえ相手が男子であっても、一対一の喧嘩に負けたという記憶がなく、それは、大人になっても、花恋の中で、大きな誇りとして残っていました。その花恋にとって、女の子相手、まして、格闘技経験者というわけでもなさそうな晴子に、完膚なきまでに叩きのめされたことは、己のプライドをズタズタにされてしまうような、あまりにも屈辱的な出来事でした。

 このあと、メインイベントでセコンドをすることになっている。あまり泣くと、簡単に化粧でごまかすことができなくなってしまう。…… そんな思いが、花恋の頭をよぎりましたが、それでも、涙はなかなか止まりませんでした。

 しばらく一人で泣き続けていた花恋は、ようやく、「今日のことはもう済んでしまったこと。次にあの子と試合をするときに、今日の借りを返せばいい。」 と、自分を納得させました。

 心の中が整理できたことで、涙も止まりかけた、ちょうどそのとき、控え室のドアが軽くノックされました。そして、花恋の返事を待つことなく、「入るわよ」 という声と共にドアが開き、千夏が控え室の中に入ってきました。

 千夏は、ちらりと自分の方を見たあと、俯いてしまった花恋のそばに歩み寄り、花恋の顔を覗き込むと、柔らかい微笑を浮かべました。

「よっぽど悔しかったのね。目も真っ赤だし、瞼もずいぶん腫れちゃってるわ。…… 今日はもう、お客さんの前に出たくないでしょう。こんなことだろうと思ったから、メインイベントのセコンドは、他の娘に替わってもらうように、頼んでおいたわよ。だから、あとのことは心配しないで、もう少し、ここで休んでいなさいね。」

 千夏の言葉に安心したのか、花恋の瞳から、また、じんわりと涙が溢れてきました。花恋はその涙を手で拭い、一度鼻をすすり上げると、俯いたままコクリと頷きました。


- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -


「アタシ、花恋ちゃんに、謝らないといけないかな。…… 実はねぇ、晴子ちゃんに、いろいろ入れ知恵をしたのは、アタシなの。」

 花恋の様子が落ち着いた頃合を見計らって、千夏が、再び花恋に話しかけてきました。

「あなたと晴子ちゃんが、最初に試合した夜、アタシ、晴子ちゃんと一緒にお食事したのね。そのとき、晴子ちゃんが、負けるのは仕方ないけど、何もできないうちに試合が終わっちゃったのが悔しい、って言ったの。で、ちょっと手助けしてあげようかな、って思って。…… 」

「いいんです。…… 他の人に何か教わったんだとしても、実際にリングに上がって、私と勝負したのはあの子一人だけですし、…… だから、今日のことは、もういいんです。今度あの子と試合するときには、絶対に負けませんから。……」

「そう。…… でも、晴子ちゃんと、もう一度試合がしたいんだったら、早めに手を打っておかないといけないわよ。」

「えっ?」

 花恋は、思わず顔を上げ、千夏を見つめました。

「晴子ちゃんね、秋田に帰るのよ。…… 晴子ちゃん、もともと、このお仕事をするのは一回だけのつもりで、それが済んだら、東京暮らしをやめて、秋田の実家に帰ろうと考えてたみたいなのね。でも、さっきも言ったように、あんまり簡単に負けちゃったんで、悔しいから、もう一試合だけすることにしたの。…… まぁ、結果的に、そそのかしたのは、アタシなんだけどね。」

 東京暮らしをやめる、…… その言葉は、心の中で晴子へのリベンジを誓った花恋にとって、大きなショックでした。花恋は、思いつめたような顔つきになり、また俯いてしまいました。

「…… で、…… もし、あなたが、どうしても、晴子ちゃんと、もう一度試合をしたい、って言うんなら、アタシから晴子ちゃんに、秋田に帰るのは、もう少し待ってくれないかって、頼んでみてもいいんだけど、……」

 千夏がそこで言葉を切ると、俯いたままじっとしていた花恋が、突然、腰を下ろしていた簡易ベッドを下り、千夏の前で土下座をしました。

「お願いします。もう一回、…… もう一回だけ、あの子とやらせてください。…… 私、このままで終わるのは、絶対に嫌なんです。だから、あと一回だけ、 …… お願いします。…… 」

 頭を控え室の床にべったりとつけ、晴子との再戦を乞う花恋の姿に、千夏の顔が小さくほころびました。
 


- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -


 試合そのものは充分に満足できる結果だったものの、晴子は、千夏から多くのアドバイスをもらったことや、自分に自信がついたタイミングで試合をしたことに対して、少なからず後ろめたさを感じていたので、千夏を通して、花恋がもう一度、自分と試合をしたがっていることを知ったとき、晴子は、とても嬉しい気持ちになりました。そして、再戦の申し出に対して、晴子は、自分が花恋と試合をするための準備にかかったのと同じだけ、三ヶ月待ちますと答えました。

 晴子から再戦OKの返事をもらった花恋は、さっそくトレーニングを始めました。

 あの子は、自分より、かなり上背もあるし、腕も長い。多分スタミナ面でも負けているだろう。あの子に勝つためには、少なくとも、もっと体力をつけないとダメだ。…… そう考えた花恋は、飲酒を控え、生活のリズムを安定させるために、キャバクラのアルバイトをすっぱりと辞めました。そして、毎日、倒れそうになるまで走り込み、身体を苛めました。

 晴子の方も、「次の、花恋との試合が終わったら、実家に帰る。」 という決意をしっかりと固め、悔いの残る試合にならないよう、連日、練習に勤しみました。

 晴子の指定した三ヶ月は、あっという間に過ぎ去り、二人はまた、プライムローズのリングに張られたダークレッドのロープを潜りました。その夜のメインイベンターとしてリングに上がる二人の両拳は、過去二回の対戦で使ったものよりも少し小さいサイズのグローブで覆われていました。




- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -


 試合前の注意を聞きながら、晴子の顔をじっと見つめる花恋の表情は、以前の二試合とは打って変わり、「三ヶ月間、私にできることは全部やった。今日は絶対に勝つ!」 という気迫に満ち溢れていました。そして、晴子の方も、花恋の顔から一切視線を逸らすことなく、花恋の、この試合に懸ける意気込みを、しっかりと受け止めていました。

   

 試合前の注意が終わり、それぞれのコーナーに戻った二人は、セコンド役の女性が差し出したマウスピースを、しっかりと咥え込みました。

 やがて、「ラウンド・ワン!」 のアナウンスに引き続いて、試合開始のゴングが鳴り、晴子と花恋の、『最後の勝負』の幕が、切って落とされました。


- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -


 試合が始まると、晴子は、ディフェンスを重視し、ヒットアンドアウエイを多用していた前回とは比べ物にならないほど、自分からどんどん前に出て、積極的に攻撃を仕掛けていきました。前回の二の轍を踏まぬよう、自分の距離に相手を呼び込むまでは、無茶振りを避けようと考えていた花恋も、攻めのスタンスを前面に出してきた晴子に対して激しく応戦する形となりました。

 その結果、晴子と花恋の三度目の対戦は、第一ラウンドから、ガキ大将の誇りに懸けても絶対に負けられないという花恋の意地と、全てを出し切ることで東京生活最後のイベントを締めくくるんだという晴子の想いが真正面からぶつかり合うような、この夜のメインイベントとして、プライムローズのリングサイドに陣取った観客たちを充分に魅了しうる、壮絶な闘いになりました。

   

 ラウンドが進んでいくに連れて、持って生まれた喧嘩のセンスの差からか、また、晴子の内懐に入り込んでボディを狙い、確実に晴子の体力を削っていくという、花恋の作戦の効果が出始めたのか、試合の流れは、少しずつ、花恋の側に傾いていくように見えました。

 第六ラウンドが終わる頃には、晴子の生命線である右のリードパンチは鋭さを失い、軽快だったフットワークも、重々しいものに変わっていました。しかし、もちろん花恋の方も無傷というわけには行かず、苦しげな表情や荒い息遣いは、花恋もまた、晴子と同様に激しく疲弊し、体力の限界がすぐそこまで近づいてきていることを、如実に物語っていました。


- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -


 第七ラウンドの中盤、接近戦の中で、花恋が晴子のボディに右フックを打ち込むと、小さな呻き声を洩らした晴子は、今にも泣き出しそうな表情で、花恋から逃げるように、真後ろに二歩、三歩と下がりました。

 「チャンスだ!」 と感じた花恋は、すぐに晴子との間合いを詰め、一気に晴子に襲い掛かろうとしました。しかし、花恋の右スイングが晴子に届く前に、ロープ際で両脚を踏ん張った晴子の左ストレートが、カウンター気味に花恋の顔面を捉えました。その衝撃に、花恋の腰ががくんと落ち、花恋は思わず、両拳のグローブをキャンバスについてしまいました。

   

「ダウン! …… ワン、…… トゥー、…… スリー、……」

 上半身を起こした花恋は、キャンバスに腰を下ろしたまま、ニュートラルコーナーの近くに控えている晴子を睨みつけました。

「くそぉ。…… まだ死んでなかったか。……」

 心の中で呪いの言葉を吐いた花恋は、カウントアウトを免れるタイミングで、ゆっくりとキャンバスから腰を上げ、レフェリーに向かってファイティングポーズを取りました。


- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -


 その後、何度かダウンを奪い合うものの、どちらも相手にテンカウントを聞かせることができないまま、二人の 『最後の勝負』 は、第九ラウンドが間もなく終わる、というところまで来ました。

 この頃には、花恋も晴子も、極度の疲労から、ガードの位置に満足に腕が上がらす、パンチを打つフォームもかなり乱れてきていました。それでも二人は、「絶対に勝つんだ」、「全てを出し切るんだ」 という気迫をぶつけ合うように、激しい打ち合いを演じ続けていました。

   

 クリンチの際に、寄りかかってきた花恋の体重を晴子が支えることができず、花恋が晴子を押し倒すような形で、二人がキャンバスに倒れたとき、第九ラウンド終了のゴングが鳴りました。

 レフェリーに促され、二人は、重い身体を引き摺るようにしてそれぞれのコーナーに戻り、用意されたストゥールに腰を下ろしました。すると、プライムローズの場内に、主催者の名で、「ここまで素晴らしいファイトを演じてきた二人を保護するため、次のラウンドを最終ラウンドとし、KOで決着しない場合には引き分けにします。」 というアナウンスが流れ、それに賛同の意を表すように、リングを取り囲む観客席から、大きな拍手が湧き起こりました。

「引き分けじゃダメなんだ。…… 次のラウンドで、必ずあの子をキャンバスに沈めてやる。」

 残された時間が、あと三分だけだと知った花恋の表情が、きっと引き締まりました。そして、あまりの息苦しさや、上半身のあちこちを襲う痛みに半べそをかいている晴子も、黒コーナーの花恋をじっと見つめながら、残りの三分間に全てを懸けると、固く心に誓いました。


- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -


 『最終』と宣言された第十ラウンドの、ラスト一分ほどになったとき、残りわずかな力を振り絞って放った花恋の右フックが、まともに晴子の頬を捉えました。このパンチで激しく顔を捻じ曲げられた晴子は、大きく前方にバランスを崩しました。

   

 晴子は、本能的に花恋にしがみつき、身体を支えようとしましたが、花恋が一歩後ろに下がっても、晴子はまったく足を送ることができませんでした。ほどなく、力なく花恋の身体に巻きつけた晴子の両腕が、ずるずると滑り落ちて行き、晴子はそのまま、潰れるように、キャンバスに倒れました。


- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -


 ニュートラルコーナーのコーナーマットを背にして両腕をロープに伸ばし、余裕のポーズを取っているものの、花恋の表情は息苦しさに大きく歪み、花恋の心臓は、今にも爆発してしまいそうなほど、激しく脈打っていました。

「…… ファイブ、…… シックス、…… セブン、……」

 その花恋の眼差しの先で、晴子は、膝を震わせながらも何とか立ち上がり、レフェリーの正面に身体を向けました。

 カウントをエイトで止めたレフェリーは、晴子のグローブを掴んで、晴子に、「まだ続けるか?」 と尋ねました。晴子が、二度ほど小さく頷くと、レフェリーは、ニュートラルコーナーに控えている花恋の方に、ちらりと視線を向けたあと、「ファイト」 の声をかけ、晴子のそばを離れました。

   

 晴子の足元はかなり怪しくなっており、腕も中途半端な高さにまでしか上がっていませんでしたが、試合が再開されると、晴子は自分から、少しずつ花恋との距離を詰めてきました。

 こんなボロボロになってる子に、次の一発を打ち込んでいいのだろうか、…… そんな疑問が、花恋の頭に浮かびました。しかし、現に、彼女は自分に向かってきているのだ。そして、自分の望んでいるのは、引き分けではなく、勝ちなのだ、と思い直した花恋は、意を決して、大きく一歩踏み込み、鉤型に曲げた右腕を、力一杯振り上げました。

 花恋の右拳を覆っている黒いグローブが、晴子のアゴをしゃくり上げると、晴子の両膝か砕けるように折れ、続いて、晴子のお尻が、どすんとキャンバスに落ちました。

 高く宙に舞い上がった晴子のマウスピースがキャンバスにワンバウンドし、リングの外に転げ落ちたときには、晴子は、キャンバスの上に、大の字に伸びていました。


- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -


「ダウン! ワン、…… トゥー、…… スリー、…… フォー、…… 」

 頼むから、カウントが終わるまで、そのまま寝転がっていてくれ。…… ニュートラルコーナーの近くに立ち尽くす花恋は、心からそう願っていました。花恋は、これ以上、自分の手で晴子を傷つけたくはありませんでした。

 晴子の意識ははっきりしているようでしたが、花恋の願いが通じたのか、晴子は、気持ちさそうにキャンバスに四肢を投げ出したまま、まったく動く気配を見せませんでした。

「…… エイト、…… ナイン、…… テン! ノックアウト!!」

 レフェリーが頭の上で両腕を交差させ、試合終了を告げるゴングの音が、プライムローズの中に響き渡りました。

   

 トランクスとアンダーウエアを剥ぎ取られ、晴子が全裸にされたあと、レフェリーに呼ばれた花恋は、リングの中央へ歩いてきました。

 試合前、花恋は、絶対に晴子をKOして、カッコよく勝利のポーズを決めてやるんだ、と考えていましたが、いざ、キャンバスに横たわっている、今の今まで頑張っていた晴子の姿を目の前にすると、花恋は、なかなかそういう気になれませんでした。

 晴子のすぐそばで、レフェリーが花恋の右腕を掴もうとしたとき、花恋がふと下を見下ろすと、晴子が花恋の方を向いて、わずかに微笑んでいました。

 あなたは勝者。勝った人は、最後までカッコ良くしてないとだめですよ。…… 花恋には、そんな風に、晴子が自分に話しかけているように思えました。

「そうだ。…… そうだよね。」

 晴子の後押しで心を決めた花恋は、レフェリーに右手を高く掲げられると、晴子の大きな乳房をぐっと踏みつけ、観客席に勝利のポーズを向けました。

× 晴子  KO 10R 2分38秒  花恋 ○


- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -




CREDITS:
Figure Base - Karen / Haruko: DAZ Victoria 1
--- MT & magnets by Yamato, Ken1
Hair - Haruko: "Short Bob" by Kozaburo
Hair - Karen: "Moko Hair" by Yamato & Kozaburo
Ring Shoes: "BatsRingShoes2" by BAT ==> available from "DOWNLOAD" page
BoxingGlove & 3-rope Ring: Bigetz original ==> available from "DOWNLOAD" page
Trunks: Bigetz original (Dynamic Cloth Prop)