六フィートを優に超える体躯と、四十九インチの形の良い乳房が何よりも自慢のソーニャは、裏ボクシングの世界にデビューして以来、圧倒的な力ですべての相手を粉砕してきました。三年半ほど前、無敗のままチャンピオンに挑戦したソーニャは、それまでの試合と同様にあっさりチャンピオンをKOし、裏ボクシングのタイトルを手にしました。それ以降も、ソーニャは一度も負けることなく、無敵のチャンピオンとして、裏ボクシング界に君臨し続けていました。
ソーニャのお気に入りは、失神している相手の顔を間近に見ることでした。ソーニャは、相手がグロッギーになると、相手の顔を自分の胸の谷間に捩じ込み、その中で完全に失神させることが何よりも好きでした。
ソーニャは、過去に一度だけ、日本人の娘と対戦したことがありました。その試合で、相手が自分の胸の中で意識を失っていくさまを見たとき、そのあまりの可愛らしさに、ソーニャは、「今、この場でこの日本人を犯してしまいたい。」という衝動に駆られました。
ですから、サエコという名のアジア人が次の挑戦者に決まったとき、ソーニャはとても喜びました。「今度の試合、さっさとそのアジア人をKOして、リングの上で頂いちゃおう。パトロンの皆様も、そんなシーンを見たいだろうし、……」、彼女は密かにそんな想いを抱き、十五度目のタイトルマッチに臨みました。
しかし、サエコは、ソーニャがそれまでにいとも簡単に打ち破ってきた挑戦者たちとは、まったく別次元のボクサーだったのです。………
「コノアジア人、チョット生意気ネ。……」
お気に入りの、ゴールド&シルバーのチャンピオントランクスと、これも同じゴールドのグローブを身につけ、試合前に褐色の肌をした挑戦者と対峙したソーニャは、挑戦者の雰囲気が、いつもと違うことに気付きました。ぐっと胸を張り、挑戦者より二回りも大きな身体で威嚇しても、褐色肌のアジア娘は、哀れむような視線をソーニャに向け、にやにやと薄笑いを浮かべたままでした。
赤コーナーに戻り、コーナーマットに凭れかかったソーニャは、青コーナーを背にして上段ロープに両腕を掛け、リラックスしている挑戦者を眺めました。
「マア、アンナニ余裕タップリデイラレルノモ、アト少シダケネ。KOシタラ、キャンバスノ上デ、ジックリ可愛ガッテアゲルカラ、感謝スルネ。」
ソーニャは、ほとんど自分から手を出さず、闘牛士のような軽い身のこなしで、自分のパンチをかわし続けるサエコに、少し苛立ちを覚えていました。
「チョコチョコ動キ回ッテ、本当ニ小賢シイ娘ネ。」
ガードしている腕の向こう側に見えるサエコの薄笑いにも、ソーニャの苛立ちは募っていきました。その苛立ちは、パンチの振りの大きさにも表れ始めました。ソーニャは、自分のパンチが大振りになっていくことに気付いていませんでした。そして、サエコが、だんだん自分から近い位置でパンチをかわし始めていることにも、ソーニャは気付いていませんでした。
「…… ナゼ、…… ナゼ当タラナイ?……」
ソーニャの苛立ちはピークに達し、彼女は力任せに腕を振り回し続けました。それでも、褐色肌のアジア娘は、にやにやと薄笑いを浮かべながら、ソーニャのパンチを一発も浴びることなく、キャンバスの上で、華麗なステップを披露していました。
ソーニャは、渾身の力を込めて右フックを振りましたが、またもやサエコは簡単にこれをダッキングしました。バランスを失ったソーニャは、転ばないように踏みとどまるために、一瞬だけサエコから視線を離してしまいました。
「クソッ! コウナッタラ、コーナーニ追イ込ンデ、身体ゴト押シ潰シテヤル!!」
ソーニャが心の中でそう叫び、サエコに視線を戻したのと同時に、サエコは鋭く腰を切り、初めて左腕を大きくスイングしました。そして、何分の一秒かの後、ソーニャの頬には、サエコの左拳を覆っている黒いグローブが突き刺さっていました。
ソーニャは、右に傾いていく身体を支えようと右足を踏み出そうとしましたが、どういうわけか、それはソーニャの意思通りに動いてくれず、結局ソーニャは、両手をキャンバスについて身体を庇うしかありませんでした。
目を大きく見開き、間近に迫ったキャンバスに定まらない視線を落として、ソーニャは、自分の身に一体何が起こったのかを必死に理解しようとしていました。
じんじんと痛む右の頬、口からはみ出しているマウスピース、思い通りに動かない両脚、……
ようやくソーニャは、サエコのパンチをまともに食らってしまったということを悟りました。
「…… ワタシハ、…… ダウンシテイルノカ? ……コノ、アジア人ニ、ワタシハ殴リ倒サレタトイウノカ?
…… ソンナ、…… ソンナ、バカナ、……」
それでもソーニャには、自分より二回りも身体の小さいアジア娘が放った、たった一発のパンチで、自分がキャンバスに這わされているという事実を受け入れることができませんでした。
気を取り直したソーニャは、近くの上段にロープ凭れて自分を見下しているサエコをきっと睨みつけて、キャンバスから腰を起こしました。そして、立ち上がったソーニャがサエコに向かって一歩踏み出すと、すっとロープ際を離れたサエコは、素早くソーニャの右側に回り込み、ソーニャの顔に続けざまにジャブを放ちました。
その後も、まだ少し足元のおぼつかないソーニャを嘲笑うように、サエコはソーニャの周りで華麗にステップを踏み、鞭のようなジャブをソーニャに浴びせました。サエコの左のグローブは寸分の狂いも無くソーニャの顔面を捉え続け、そのたびに、ソーニャはだらしなく顔を揺らすのでした。
ソーニャには、自分がアジア人の娘に嬲られていることを、はっきりと自覚することができました。無敵のチャンプとして裏ボクシング界に君臨してきたソーニャは、ダウンを奪われることはおろか、一時的にであれ自分が劣勢に回ることさえも、この試合までに、ただの一度も経験したことがありませんでした。そのソーニャにとって、アジア人のパンチでキャンバスに這わされ、いいように翻弄されるなどということは、到底受け入れることのできない屈辱でした。
やがて、痛恨の一撃によるダメージが抜け、両足の自由を取り戻したソーニャは、再びサエコに向かって大きなパンチを振り始めました。それでも、サエコのジャブはことごとくソーニャの顔を揺らし、ソーニャのパンチはすべて空を切るという構図に、変わりはありませんでした。
正確無比なサエコのジャブに晒されたソーニャの右の瞼は、あっという間に赤く腫れ上がり、わずかに視界も悪くなって来ました。裏ボクシング界にデビューしてから、常に圧倒的な勝利を収めてきたソーニャには、そんなことも初めての経験でした。
「イマイマシイアジア人メ! …… モウ許サナイ! …… 殺シテヤル! …… 今、コノ場デ、殴リ殺シテヤル!!」
耐え難い苛立ちと屈辱感は、ソーニャから完全に冷静さを奪い去っていました。ソーニャは呼吸を荒らげながら、やみくもに両腕を振り回しました。それでも、薄笑いを浮かべながらソーニャの周りを舞い続けるサエコを、ソーニャは捉えることができませんでした。
やがて、怒りにまかせたソーニャの攻撃も、だんだん勢いがなくなってきました。全力の空振りは、一振りごとにソーニャの体力を大きく削り取っていたのです。それを待っていたかのように、サエコの攻撃に、ジャブ以外のパンチが混じり始めました。
途切れ途切れになりながらも、ソーニャはまだ渾身のパンチを振っていました。しかし、相変わらずサエコをヒットすることができません。動きの鈍ってきたソーニャに、サエコは近距離からも攻撃を仕掛けてくるようになりました。そして、ソーニャのボディに何発かサエコのグローブがめり込むと、いよいよソーニャの手は止まってしまいました。
肩で大きく呼吸を繰り返し、迫力のないファイティングポーズを取るだけになってしまったソーニャには、もはや無敵のチャンピオンの面影はありませんでした。そんなソーニャに、ついにサエコは牙を剥きました。
ボディを攻められ、ガードが落ち始めたソーニャの顔を、サエコの左ストレートが弾き上げました。そして、流れるように左足を踏み込んだサエコの動きに、ソーニャは反応できませんでした。
鉤形に曲げられたサエコの右腕が、力強く真横に振り切られました。正確にターゲットを打ち抜いたサエコの右の拳には、確かな手応えが残っていました。
頬を抉られるような激しい痛みと、大きな力で首が捻られる感覚をソーニャが味わったのは、この試合が始まってから二度目のことでした。
またしても平衡感覚を失ったソーニャは、両腕を広げて一歩、二歩と斜め後ろによろめきました。それでもソーニャは、両脚だけで自分の身体を支えることができませんでした。三歩めに踏み出した左脚の膝が力なく折れ、ソーニャはキャンバスに尻餅をついてしまいました。
ソーニャが顔を上げると、サエコは相変わらず薄笑いを浮かべ、余裕たっぷりにソーニャを見下ろしていました。
「…… ワタシハ無敵ノチャンピオン。…… ソノワタシニトッテ、アジア人ナド、取ルニ足ラナイ相手ノハズ。……
ソレナノニ、ワタシハ、ダウンシテイル。…… イッタイ、ナゼ、……」
アジア人などに絶対負けるはずがないという自負と、それとはまったく正反対の戦況の中で、ソーニャはパニック状態に陥っていました。一方的に打たれ続け、致命的とも言える二度目のダウンを喫しても、ソーニャはまだ、自分が無敵のチャンピオンであるというプライドに縋っていました。
何とか立ち上がったソーニャは反撃を試みようとしましたが、疲れ切った彼女の身体はその意思を拒み、裏ボクシング界にデビューしてから一度も経験したことのなかった、相手からの後退をソーニャに強いました。しかし、それもわずかの間だけでした。ソーニャが二歩後ろに下がっただけで、彼女のお尻は、青いコーナーマットに当たってしまいました。
コーナーに追い詰められたソーニャを待っていたのは、速射砲のようなサエコのパンチの雨でした。ソーニャの顔へ、ボディへと、サエコの黒いグローブが容赦なく叩き込まれました。連打を浴びたソーニャの右の瞼はさらに腫れ上がり、ついに、彼女の右目は完全に塞がってしまいました。
ソーニャの大きな乳房も、格好の餌食となりました。十数人の挑戦者をその中で眠らせてきたソーニャ自慢の乳房は、サエコのパンチに何度も何度も歪みました。そのたびに、ソーニャは、喘ぎとも、呻きともつかない、だらしのない声を洩らすのでした。
やがて、ソーニャの鼻の穴から血が流れ始めました。試合中に、自分の鼻血の味が口の中に広がっていくことも、もちろんソーニャには初めての経験でした。
青コーナーを背にしたまま、一歩も動けなくなってしまったソーニャは、もはや、チャンピオン用のリングコスチュームを纏った生身のサンドバッグでした。わずかに残った戦意だけで何とか立っているものの、一方的に殴られ続けるソーニャの表情は意識の混濁から鈍くなり、乳首も勃起してしまっていました。
そんなソーニャのガードも、完全に崩壊しようとしていました。力なく胸の前に置かれているだけの腕の下をすり抜けて、サエコの強烈な右フックがソーニャのボディを抉りました。小さな呻き声を上げたソーニャが前かがみになると、サエコは、左腕を縦に振り上げました。
ソーニャの顔が真上に跳ね上がり、ゴールドのマウスピースが、赤みがかったわずかな飛沫とともに、高く舞い上がりました。
フィニッシュブローを意図して放たれたサエコの左アッパーをまともに食らったソーニャの両膝が、がくんと折れました。
前のめりに倒れてくるソーニャの身体を、少し屈んで両腕で受け止めたサエコは、ソーニャの身体を引き寄せました。そして、ソーニャがいつも試合でそうしているように、自分の豊かな胸の谷間にソーニャの顔を捩じ込み、それを支えている左腕に力を込めました。
かすかに残った意識の中で、ソーニャは、自分の顔が何かで覆われたように感じました。その感触は、痛みや苦しみから自分を解放してくれる、……
そんな甘美さに満ちていました。
少しだけもがくように動いたソーニャの両腕が、再びだらりと垂れ下がりました。サエコがソーニャの頭を離すと、ソーニャの身体は、サエコの胸にわずかな血の跡を残し、ゆっくりキャンバスに滑り落ちていきました。
三年半に渡って裏ボクシング界に君臨し続けた無敵のチャンピオンが、無様な姿を晒してキャンバスに崩れ落ちたとき、試合終了のゴングの音が高らかに鳴り響きました。
サエコは、両手を掲げた勝者のポーズを取り、リングを取り囲んでいるパトロンたちの喝采に応えました。そして、リングの周りを一通り見回したあと、うつ伏せに醜く身体を捻じ曲げたまま失神しているソーニャに近づき、つま先でソーニャを裏返しました。
わずかに意識を回復したソーニャは、自分の右の乳房が、何か硬いもので強く押し潰されていることを感じ取りました。しかし、それが一体何なのか、まだソーニャには理解できていませんでした。
ソーニャは横向きになっている頭をのろのろと上に向け、薄く開いている左目を天井の方向に向けました。そこには、チャンピオンだけに着用が許されているゴールドのトランクスが、褐色肌のアジア娘によって高く掲げられていました。
「…… アレハ、チャンピオンノワタシダケニ穿クコトガ許サレタ、ゴールドノトランクス。……
コノアジア人ハ、ナゼソンナモノヲ手ニシテイル? ……」
サエコの黒いグローブの下でゆらゆら揺れているゴールドのトランクスを眺めているうちに、ソーニャは、リングの上でトランクスを剥ぎ取られたこと、自分がチャンピオンの座を失ったことを、ぼんやりと悟りました。
私がアジア人に負けるはずなど、絶対にありえない。…… ソーニャは、そう信じて疑いませんでした。肉体的にも精神的にも激しく衰弱し、まだかろうじて繋ぎ止められているだけのソーニャの意識は、アジア人に負けたというショックを受け入れること拒みました。ソーニャは、再び意識を手放し、初めて体験する、キャンバスの上で大の字になることの心地良さへと、静かに堕ちていきました。