簡単に勝てると思っていたアジア人との対戦で、よもやの失神KO負け。……
ソーニャは、敗戦のショックからなかなか立ち直ることができませんでした。しかし、日が経つに連れて、ソーニャの心の中にふつふつと悔しさが湧き上がってきました。意を決したソーニャは、裏ボクシング界のチャンピオンの座と、粉々にされたプライドを取り戻すべく、サエコにリターンマッチを申し込みました。
その日から、ソーニャは激しいトレーニングを開始しました。「前の試合、私はあのアジア人を甘く見過ぎていた。でも、次の試合はそうはいかない。私は全力であのアジア人に立ち向かう。そして、私がこの世の誰よりも強いことを、……
世界中で最も強いボクサーであることを、このリターンマッチで必ず証明して見せる。」
…… その想いを胸に深く刻み込み、ソーニャは、来る日も来る日も自分の身体を苛め抜きました。
屈辱に満ちた敗戦からちょうど半年後にセッティングされたリターンマッチの夜、ソーニャは、控室のストゥールに腰を下ろし、自分の拳を覆っているボクシンググローブをじっと見つめていました。
トランクス、シューズ、グローブ、マウスピース、…… 三年半もの間、ソーニャは、チャンピオンだけに使用が許されるゴールドのものを愛用していました。しかし、この日、半年前の敗戦でその権利を失ったソーニャの両拳を覆っていたのは、青いグローブでした。
「絶対に勝つ。…… 必ずあのアジア人から、チャンピオンの座を奪い返す!」
入場の合図を受け、大きく一声吼えてから控室を後にしたソーニャは、気合を顔に漲らせて、リングへと続く通路を歩いて行きました。そして、一度も表情を崩すことなく青コーナー近くの黒いロープを潜り、半年振りに裏ボクシングのリングへと足を踏み入れました。
試合開始のゴングが鳴り、ソーニャは背にしていた青コーナーを離れました。
必勝を期していたソーニャは、一切の驕りを捨て、しっかりしたファイティングポーズに構えて、サエコに近づいていきました。大きな身体を丸め、青いグローブの向こうから鋭い眼光を自分に向けているソーニャを見て、サエコはわずかに微笑みました。そしてサエコは、左腕をだらりと下げ、軽快なステップを踏み始めました。
ソーニャは、二十センチを超えるリーチの差を最大限に生かそうと思っていました。サエコのパンチの届かない距離を保つことで、できる限り優位に立とうと考えたのです。
サエコとの距離を保つため、ソーニャは序盤から多くのジャブを振りました。しかし、サエコの俊敏さはソーニャの想像を遙かに超えていました。サエコは、何の苦もなくソーニャのジャブを掻いくぐり、あっさりソーニャの懐に入り込んできました。
ソーニャがサエコとの距離を置こうと思っても、サエコはどんどん前に出て来ました。サエコは積極的にインファイトに打って出てきたのです。
接近戦に持ち込まれたソーニャも、必死に応戦しました。しかし、サエコのディフェンスは完璧で、なかなか有効なパンチをサエコに当てることができません。逆に、サエコの鋭いパンチは次々とソーニャを捉え、そのたびに、ソーニャは大きく顔を揺らしました。
劣勢に立たされたソーニャは、足を使ってサエコとの距離を取ろうとしましたが、サエコはそれを許さず、ときおり放たれるソーニャのパンチをうまくかわしては、至近距離からソーニャに連打を浴びせました。
また一発、サエコのフックがソーニャのテンプルを捉え、ソーニャはバランスを崩しました。折れかけた左膝で必死に踏ん張ろうとしたソーニャの頬を目掛け、サエコの左腕が斜め下に振り下ろされました。
踏ん張っていた膝の力が抜け、ソーニャはついにキャンバスに腰を落としてしまいました。
ソーニャのそばに立って、ダウンしているソーニャを見下ろしていたサエコは、曲げていた膝をすっと伸ばし、ソーニャに冷たい笑みを向けました。その挑発的な表情は、ソーニャに、「何をしているの? 試合はまだ始まったばかりよ。」と言っているようでした。
立ち上がったソーニャは、ジャブを伸ばしてサエコを遠ざけ、何とかダメージが抜けるまでの時間を稼ごうとしました。しかし、すでに鋭さを欠いたソーニャのジャブは、何の対抗手段にもなりませんでした。
ソーニャのジャブをかわして素早くソーニャに近づいたサエコは、わずかに身体を沈み込ませ、同時に大きく右腕をスイングしました。そのパンチをまともに眉間に食らったソーニャの顔が、真上に弾け上がりました。
よたよたと後ろによろめいたソーニャは、あっという間にロープに追い詰められてしまいました。窮地に立たされたソーニャは、何とか身を守ろうと、顔を腕とグローブで覆い、身体を丸めました。
顔を覆っているソーニャのグローブの上に、何発か重いパンチを放ったあと、サエコはソーニャに一歩近づき、どうしても覆い切れないソーニャの脇腹に重いボディフックを叩き込みました。
わき腹に何発かパンチを食らい、開いてしまった肘の隙間を縫って、サエコの黒いグローブが、ソーニャのお腹に突き刺さりました。
「ぅぐぇ……」
あまりの衝撃に、ソーニャはだらしのない声を洩らしてしまいました。同時に、ソーニャの身体を、地獄のような苦しさがせり上がってきました。
サエコのボディアッパーは、ソーニャから呼吸を奪い取っていました。あまりの苦しさに、ソーニャの全身から一斉に脂汗が吹き出しました。そして、ソーニャの口元から覗いていたマウスピースが、ねっとりとした液体とともに吐き出され、キャンバスに落ちました。
サエコが右脚を一歩引いたのと同時に、震えていたソーニャの両膝が力なく折れ、ソーニャは、再びキャンバスに這いつくばりました。
ソーニャは、自分がどれほど無様な姿を晒してしているのかを感じ取ることができました。しかし、立ち上がろうと思っても、身体になかなか力が入りません。わずかに呼吸できるようになったものの、それはソーニャを再び戦闘に駆り立てるには、まだ不充分でした。
「…… ワタシハ、…… ドンナニ頑張ッテモ、…… コノアジア人ニ勝テナイノカ? ……」
吐き気を伴った激しい苦しみと、二周りも身体の小さい相手に対し、全力を尽くしてもまったく歯が立たないという屈辱感、悔しさ、惨めさ、……
キャンバスに伏したまま呻き声を洩らし続けているソーニャの目に、光る雫が溢れました。
サエコのボディブローを食らってキャンバスに這わされてから、一分近くが経過し、何とか思うように呼吸ができるようになったソーニャは、足元に落ちていた青いマウスピースを拾って咥え込み、再び立ち上がりました。裏ボクシングの世界にはノックダウンカウントはありません。「どちらかが完全に力尽きるまで闘うこと」
…… これが裏ボクシング界の掟なのです。
近くのロープに凭れかかってソーニャの様子を窺っていたサエコは、立ち上がる仕草を見せたソーニャの動きに合わせてロープ際を離れ、腰の引けたファイティングポーズを取ったソーニャの正面に立ちました。
呼吸を手に入れたことで一度は蘇っていた闘志も、サエコの威圧感の前では無力でした。怯えるように後退を始めたソーニャの背中に、赤いコーナーマットが迫ってきていました。
ソーニャは再び身体を丸めてガードを固めようとしましたが、ボディブローのダメージがまだ残っているせいか、なかなか身体が言うことを聞いてくれません。中途半端に開いたソーニャのグローブの間を縫って、サエコの鋭く重いジャブがソーニャの顔面を捉えると、ソーニャの上半身は簡単に浮き上がってしまいした。
少しでもソーニャが身体を曲げようとすると、サエコは重いジャブをソーニャの顔に放ち、それを許しませんでした。そして、極めて不充分なソーニャのガードを嘲笑うかのように、ソーニャの顔へ、ソーニャ自慢の大きな乳房へと、サエコは鋭いパンチを浴びせ続けました。
前回の試合同様、ソーニャの右の瞼はすぐに腫れ上がり、乳房にも殴られた跡が目立つようになってきました。
無防備に近い状態でサエコのパンチの雨に晒され続けたソーニャは、ストレート気味のジャブで頭を揺らされ、ついに膝を折りかけました。
すると、サエコはすっとソーニャに近づき、素早く両腋に腕を入れてソーニャの身体を支え、コーナーマットに押し付けました。そして、ソーニャの膝が伸びたことを確認すると、サエコはソーニャから離れ、再び鋭いパンチをソーニャに浴びせ始めました。
その後も、サエコは、元チャンピオンという豪華な肩書きの、血の通ったサンドバッグを手放そうとはしませんでした。ソーニャがダウンしかかると、サエコは素早くクリンチしてソーニャの身体を支え、腰を立たせました。そして再び、ソーニャの顔と乳房に鋭いパンチを飛ばすのでした。
背にした赤いコーナーマットに退路を絶たれているソーニャは、サエコの圧倒的な手数の前に、その場から一歩も動くことができませんでした。
やがて、小さなパンチで顔を揺らされ続けたソーニャの意識に靄がかかってきました。もう、思うように膝を曲げることもままなりません。ソーニャの腕も、自分を殴り続ける相手を少しでも遠ざけたいという自己防衛本能から、力なく前に伸ばされているだけでした。
棒立ちになってしまったソーニャを、サエコは容赦なく攻め続けました。ソーニャの右目は完全に塞がってしまい、左目の視界も危うくなってきました。そして、ソーニャの口の中には、鉄を舐めるような鼻血の味が広がっていました。
ついに、残されていた左目も塞がってしまいました。そして、何も見えなくなってしまったことで、ソーニャの戦意も完全に消失してしまいました。
またソーニャの膝がガクンと折れました。すると、サエコはソーニャの両腋に腕を差し込んで、ソーニャの身体を支えました。これまでと同じように、サエコはソーニャを赤コーナーのコーナーマットに押し付けていましたが、もうソーニャには、自分の足だけで立つだけの気力が残っていませんでした。そんなソーニャの様子を見取ったのか、サエコは赤コーナーを離れ、ぐったりしているソーニャの身体をリングの真ん中に引き摺っていきました。
このまま試合が続いたら、殺されてしまう。…… 視界を失い、絶望の淵に立たされたソーニャの頭を、そんな想いがよぎりました。すると、ソーニャの脳裏に、ソーニャが七つの時に死んでしまった母の顔が浮かんできました。
「……… 怖イヨ、ママ。……… 助ケテ。………」
ソーニャは、大好きだった母の面影に縋りました。
ソーニャをリングの真ん中に引き摺り出したサエコは、ソーニャの身体を一度高く持ち上げ、曲がっているソーニャの膝を伸ばしました。すると、サエコの意図を感じ取ったソーニャは、何とか二本の足だけでキャンバスの上に立ちました。でも、ソーニャには何も見えません。ソーニャは隙だらけのファイティングポーズを取って、その場に立ち尽くすしかありませんでした。
サエコはソーニャから一歩離れると、ソーニャの右の脇腹にボディフックを叩き込みました。小さな呻き声を上げたソーニャは膝を折り、わずかに身体を曲げて、殴られた脇腹を庇うように腕を下ろしました。
次の瞬間、サエコのアッパー気味の強烈な右フックが、ソーニャの顔を斜め上にめくり上げました。口からはみ出していたソーニャのマウスピースが吹き飛び、キャンバスにワンバウンドしてからリングの外へ転がり落ちました。
ソーニャはそのまま後ろに倒れ、大の字に伸びてしまいました。ソーニャの意識はまだ繋がっていましたが、ソーニャの体力は完全に底を尽いていましたし、サエコに立ち向かうという気力も残っていませんでした。
やがて、試合終了を告げるゴングが鳴らされました。二度目の敗戦を告げるゴングの音は、キャンバスに背中をべったりとつけているソーニャの耳に、確実に届けられました。
ソーニャの傍らで勝者のポーズを取り、リングを取り囲むパトロンたちの喝采に応えたサエコは、ソーニャの白いリングシューズの方へと足を運び、そこでキャンバスに両膝をつきました。そして、「敗者には恥辱を」という裏ボクシング界の掟に従い、ソーニャの身体からトランクスをめくり取っていきました。
トランクスのベルト部分の窄まりが、足先の方へ動いていくのを、ソーニャは感じ取ることができました。
半年前の試合でソーニャは失神してしまったので、リングの上でトランクスを奪い取られるのは、実質ソーニャには初めての経験でした。それが、どんなに惨めで、どんなに恥辱に満ちた儀式なのかを、この夜、ソーニャは思い知りました。
「…… ワタシハ、全力ヲ尽シテ闘ッタ。…… ソレナノニ、ワタシハ、コノ小サナアジア人ニ、手モ足モ出ナカッタ。……
タダ無様ナ姿ヲ晒シタダケダッタ。………」
試合が終わったことで一時は安堵さえ浮かんでいたソーニャの心に、屈辱感と無力感が湧き上がってきました。ソーニャはそれに耐え切れず、塞がってしまった目に涙を浮かべました。
剥ぎ取ったトランクスをソーニャの足元に置いたサエコが身体の位置を変えて、再び深く屈みましたが、視界を失っているソーニャにはそれを知る由もありませんでした。
サエコは、赤く腫れたソーニャの乳房に顔を近づけ、ぷっくりと膨らんでいた乳首を口に含んで、舌先で転がし始めました。不意に訪れた、ねっとりとしたサエコの舌触りに、ソーニャは思わず声を洩らしてしまいました。
甘い刺激は、ソーニャの下半身にも心地良い電流を流し始めました。サエコの右手グローブの親指が、ソーニャの花弁の中に入り込んできていたのです。
こんなところで、こんな惨めな姿で感じたくない。…… ソーニャは、波のように湧き上がってくる快感を、必死に堪えようとしました。しかし、そんなソーニャの最後の抵抗も、敏感な部分を確実に責め続けるサエコの愛撫の前に、簡単に屈してしまいました。
ソーニャのすすり泣きの声は喘ぎ声へと変わっていきました。そして、「んぁああん」というひときわ大きな声を洩らしたソーニャは、キャンバスの上にに投げ出している四肢を硬直させました。ソーニャは上り詰めてしまったのです。
その数秒後、ソーニャの全身からガクリと力が抜け落ちました。わずかに繋がっていただけのソーニャの意識は、アクメの衝撃に耐えることができなかったのです。ソーニャはひくひくと全身を震わせ、そのまま気を失ってしまいました。
サエコは、ソーニャの身体から右手グローブの親指を引き抜き、そのまま真っ赤な紅を引いた口元に運んで、ねっとりとまとわりついているソーニャの蜜を美味しそうに舐め取りました。そして、キャンバスに落ちていたソーニャの白いトランクスを拾って立ち上がりました。
サエコが、まだかちかちに勃っているソーニャの乳首の上に足を乗せて軽く捏ねると、失神しているソーニャは、ぴくんと身体を震わせました。その様子を見下ろしていたサエコは表情を崩し、小さな笑い声を洩らしました。
サエコはソーニャの乳房に乗せている足に力を込めて押し潰し、再び勝者のポーズを取ったあと、静かにリングを去っていきました。キャンバスの上に放置されたソーニャは、まだ不規則に身体を震わせ、股間から熱い雫を垂れ流していました。
「これならもう、サングラスなしで人前に出られるかな。」
鏡に映っている自分の顔をいろいろな角度から覗き込み、傷の癒え具合をチェックしていたソーニャは、少し嬉しそうにそう呟きました。
お金はずいぶん稼いだから、しばらくはそれなりに裕福な生活ができる。これからどうしようかな。まず、お友達をたくさん作りたいな。できれば、素敵な恋人ができるといいんだけどな。……
裏ボクシング界から身を引くことを決めてから、ソーニャは、毎日そんなことを考えていました。
ソーニャが最初に友達や恋人のことに想いを馳せたのには、理由がありました。
最後の身内であった母親と死に別れてから、ソーニャはずっと孤独な日々を過ごしてきました。十歳の時にソーニャの運動能力に目をつけたコーチに拾われ、トレーニング漬けの生活を送ってきたソーニャには、恋愛の対象となる相手どころか、友達さえも作る機会がありませんでした。ロボットのように扱われる毎日が嫌で、そのコーチの元から逃げ出し、裏ボクシングの世界に身を投じたあとも、恋もできず、友達もいないことに変わりがなかったのです。
前の晩、ベッドの上で、ソーニャは、最近会ったことのある人の顔を思い出していました。恋人とまではいかなくても、誰か友達になってくれそうな人はいないかな、とソーニャは思っていました。そして、その中にはサエコの顔もありました。
ソーニャはサエコを恨んではいませんでした。それよりもむしろ、思い上がっていた自分を叩きのめし、目を覚まさせてくれたのだという感謝の気持ちを、ソーニャはサエコに抱いていました。「もし、サエコが私の友達になってくれたら、……」
、ソーニャはそう思っていたのです。でも、ソーニャには、サエコがソーニャの母国語であるロシア語を話せるとはとても思えませんでした。コミュニケーションが取れないのではどうにもなりません。ソーニャはかぶりを振り、その想いを諦めました。
不意に、来客を告げるベルが鳴りました。ソーニャは、今日誰かと会う約束をしたかと自分に問いかけましたが、いくら記憶を遡ってもそんな約束には思い当たりませんでした。ソーニャは一度小首を傾げてから、部屋の入り口のドアの方へと足を運びました。そして、ドアに辿り着いたソーニャが、来客が誰なのかを確かめるための小窓を開け、ドアの外の様子を眺めると、そこには、自分よりも二周りほど身体の小さい、褐色の肌をした女性が立っていました。
「サエコ!」
ソーニャはそう叫んで、突然現れた来訪者のためにドアを開けました。すると、その女性は、にっこり微笑んで、ソーニャに声をかけました。
「こんにちは、ソーニャ。もう顔の傷は良くなったみたいね。」
流暢なロシア語がソーニャの耳に届くと、一瞬にして、大きな驚きと喜びがソーニャを包みました。ソーニャはもう一度サエコの名前を叫び、サエコをぎゅっと抱き締めました。
ソーニャはサエコを部屋の中に招き入れ、用意できるものの中で一番上等な紅茶を淹れました。サエコは礼を言ってティーカップを受け取り、ソーニャが心を込めて淹れてくれたお茶を、美味しそうにすすりました。
サエコと少しおしゃべりをしただけで、ソーニャは、サエコがただ単に極めて優れたボクサーであるだけでなく、様々な才能に満ち溢れている人間であることを知りました。サエコはロシア語や英語を含む数ヶ国語を自由に操ることができ、格闘だけでなく、時事問題やエンタテインメントについても深遠な知識を持っているようでした。そんなサエコに、ソーニャは急速に惹かれていきました。
ふと話題が途切れた頃合に、サエコは手にしていたティーカップをソーサーの上に戻しました。そして、かけていた来客用のソファから立ち上がって、ソーニャのすぐそばの席に腰を下ろし、笑顔を向けて、ソーニャの身体にそっと腕を回しました。
突然の出来事に、ソーニャは、照れくささから、幸せそうな表情を覗かせ、足元に視線を落としました。すると、サエコは少しだけ腕に力を入れて、ソーニャの身体を引き寄せました。
胸の高鳴りを感じたソーニャが、頬を染めてサエコの顔の方へと視線を向けると、そこには、裏ボクシング界のチャンピオンであるとはとても思えない、サエコの穏やかな笑みがありました。ソーニャは唇をサエコに向け、目を閉じました。そして間もなく、その唇は、柔らかいサエコの唇によって覆われたのです。
夢のようなくちづけから小一時間の後には、ソーニャは自室の大きなベッドの上に生まれたままの姿で横たわり、サエコによってもたらされた女の悦びの余韻に浸っていました。ソーニャはサエコよりも太くて長い腕と脚を絡ませて、サエコに抱きつきました。
「…… ずっとこうしていたい。…… サエコがいいと言うのなら、この先、ずっとサエコと一緒に暮らしたい。……」
無茶な話だということはわかっていましたが、ソーニャはサエコに対する気持ちを胸にしまっておくことができませんでした。ソーニャはサエコに縋りついたまま、その想いをサエコに打ち明けたのです。すると、サエコは何も言わず、ソーニャの唇にキスしました。ソーニャは、あまりの嬉しさにはらはらと涙を流し、より強くサエコを抱きしめました。
ソーニャとサエコが結ばれてから数週間の後、サエコは肩に大きなバッグを抱えて、再びソーニャの部屋を訪れました。そしてその日から、ソーニャが心から望んでいた、愛する人との生活が始まりました。
裏ボクシング界の現役チャンピオンであるサエコに少しでも良い環境を提供するため、ソーニャは新しい家を購入し、その中にリング付きのジムを作りました。
サエコは、コーチの元から逃げ出してからずっと我流でボクシングを続けてきたソーニャに、ボクシングに関するさまざまな技術や知識を授けました。サエコの指導を受けたソーニャは、自分の実力が、引退する前よりも明らかに上がっていくことを感じていました。
しばらくすると、ソーニャはサエコのスパーリングパートナーを務めるようになりました。自分よりも身体の大きな挑戦者を迎えることの多いサエコにとって、ソーニャは格好のパートナーだったのです。
誰も見ている人が居なかったので、ソーニャとサエコのスパーリングは、いつも全裸で行われました。そして、ソーニャは、スパーリングが終わった直後のリングの上で、サエコに愛してもらうことが大好きでした。サエコはそんなソーニャの想いを受け止め、キャンバスの上に横たわるソーニャの身体を、大きな愛で包むのでした。
それ以外にも、ソーニャがおねだりをすると、サエコはいつでもソーニャを最高の悦びへと導きました。ソーニャはそのお返しにと、サエコの身の回りの世話をすべて引き受けました。愛する人のために食事を作り、部屋を掃除し、道具の手入れをする。……
そんな時間でさえ、ソーニャは幸せを噛み締めることができるのでした。
ソーニャの献身に支えられ、サエコは危なげなく裏ボクシング界のタイトルを守り続けました。そして、ソーニャを破ってチャンピオンになってから六年後、サエコは無敗のまま、裏ボクシング界から身を引きました。
サエコが現役のボクサーをやめたことで、二人の生活は少し変わりました。特に、ソーニャは、サエコを支えるという目的を失ったからなのか、少し元気がなくなり、その分、サエコにおねだりをすることが多くなってきました。
そんなソーニャに、サエコは、「恵まれない環境にいる格闘少女を、二人で育ててみないか」と持ちかけました。ソーニャがサエコの申し出を喜んで受け入れたので、二人は手分けをしてスカウティングを始めました。そして、数ヶ月後には、数名の女子格闘家の卵たちが、ソーニャの家のジムで汗を流すようになっていました。
サエコがその娘たちを熱心に指導する一方で、ソーニャはその娘たちに、深い愛情をもって接しました。自分が経験したような、教え子をただ闘うためのロボットのようには絶対に扱いたくなかったからです。そして、ソーニャの愛の中で育った教え子たちが、ソーニャを『ママ』と呼ぶようになるまでに、それほど時間はかかりませんでした。幼い頃に母を失ったソーニャにとって、可愛い教え子たちに『ママ』と呼ばれることは、最高の喜びでした。
数年後、何人かの娘は二人の元を巣立ち、すでに世界レベルの格闘家として活躍していました。その一方で、ソーニャのジムにはまた新たな娘たちが加わり、すくすくと育っていました。
サエコ、そして、自分を『ママ』と呼んでくれる可愛い教え子たち、…… そのそばで、ソーニャは今日も幸せな一日を過ごすのでした。
ソーニャとサエコの物語 了