テレサ戦で思わぬ苦戦を強いられたロクシーは、一刻も早く無敵チャンプのイメージを取り戻すため、四ヵ月後に控えた次のタイトルマッチの前にもう一試合、ノンタイトル戦をこなしておこうと考えた。
ロクシーはさっそくPCに向かい、RXの選手プロフィールにアクセスして、相手の候補を物色し始めた。
無敵チャンプのイメージを回復するには、やはりそれなりに華なり実力なりのある相手を選ばないと意味がない。……
ロクシーは、そんなことを考えながら一階級上に当たるヘビー級の選手まで調べてみたが、『とりあえずキープ』程度の選手を何人かピックアップできただけで、なかなかこれはという選手を見つけることができなかった。
候補選び作業を一旦休止し、何気なくライト級選手のプロフィールを眺めていたロクシーは、ヒルダのページを見つけると、そこでページを繰る手を止めた。
「ん? そう言えば、この女、……」
『ランキングはライト級二位ではあるが、恐らく現役のライト級チャンピオンよりも実力は上』
…… ロクシーは、そんなヒルダの評判を耳に挟んだことがあった。気になったロクシーは、ページをスクロールし、ヒルダの過去の対戦記録を確認してみた。すると、ヒルダの戦績には、際立った特徴があった。
すべての試合でKO勝ちを収めているが、ボクシングで二位、キックボクシングで七位にランクされているというのに、上位ランカーとの対戦が極めて少ない。そして、相手をKOしたラウンドが、六ラウンド、七ラウンドあたりに集中している。
「KO勝ちのラウンドがこんなに揃うって、一体どういうことなのかしら? それに、タイトルマッチも一度もしてないみたいだし。……
でも、私と同じ無敗で来てるようだし、話題性としては問題なさそうね。ライト級ってのがちょっと引っかかるけど、今のところ候補一番手ってことにしとこうかな。……」
その後、もう一度、目星をつけた選手を中心に候補の検討をしたものの、ヒルダ以上に魅力的な相手を見つけることができなかったので、結局、ロクシーは、ヒルダを第一候補にすることに決め、ヒルダが試合に応じるかどうかを、RXの事務局に打診してもらうことにした。
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「…… ヒルダさんですか。うーん、どうかなぁ。…… 受けてくれないような気がしますけどねぇ。……」
「あら? 先方に話をする前にどうしてわかるの?」
「…… いやね、あの人、本人の気が乗らないと、って言うか、相手が気に入らないと試合しないんですよ。タイトルマッチの話だって、今までに何度も出てるんですけどね。チャンピオンになっちゃったら、相手が選べなくなるからいい、って。……
チャンピオンって、定期的に指名試合をしなきゃならないじゃないですか。どうやら、それが嫌みたいなんですね。」
「ふーん。…… ずいぶん変わった人ねぇ。」
「まあ、ロクシーさんの希望ですから、話だけは通しておきますけどね。あんまり期待しない方がいいですよ。ですから、一応、他の候補も選んでおいてくださいね。」
「わかった。じゃ、よろしくね。」
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「…… 無敵のミドル級チャンプ・ロクシー様から試合のオファーが来るなんて、いったいどういう風の吹き回しなのかしらねぇ?……」
「どうやら、次のタイトルマッチまでに一試合こなしておきたいらしいんですがね。……
で、どうでしょう? やっぱりダメですかねぇ?」
「うーん、…… そうねぇ。…… まぁ、事務局にはいつもわがまま聞いてもらってるし、たまには奉仕してあげないといけないかしらね。無敵のロクシー様がどの程度の実力なのかも、ちょっと興味あるし。……
いいわ。その話、受けてあげる。契約重量はミドル級のリミットでいいわよ。それから、敗者のペナルティをどうするかとか、その他の細かい部分も、ロクシー様に決めてもらって構わないわ。でもね、黒のトランクスを使う権利は私がもらう。グローブも必ず黒にしてちょうだいね。それが条件よ。」
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「…… と、こんな具合だったんですが、とりあえず、ヒルダさんの了解は取り付けておきました。」
「まあ。黒のリングコスチュームがよっぽどお気に入りのようね。それじゃ、私の方は、久しぶりに白ベースのトランクスを使うことにしましょうか。それなら問題ないんでしょ?」
「そうしていただけると助かります。…… で、細かい契約事項についてはどうしましょう?」
「うーん、…… ほら、こないだの試合、私、ちょっと危なかったでしょ? 本音を言うとね、こんどの試合で、『無敵のチャンプ』っていうイメージを取り戻しておきたいのよ。演出的には、通常のタイトルマッチみたいに陵辱オプションをつけるのが一番効果的かしらね。こないだは十二ラウンドまで行っちゃったから、権利が発生しなかったし。……
それに、あれは客ウケするから、事務局としては、その方がありがたいんじゃないの?」
「確かにそうですね。陵辱オプション付きの試合となると、入場料収入や放映権料が随分違ってきます。」
「でも、ヒルダさんはライト級選手の選手だし、さすがにそこまでやっちゃまずいかしらねぇ。……」
「うーん、その辺ですが、ヒルダさんは、どうでもいいって感じでしたよ。トランクスとグローブの色以外の条件は、ロクシーさんに決めてもらって構わない、って言われてますし。」
「そう。…… わかった。…… じゃ、遠慮なく、そういう契約にさせてもらうことにしましょう。ノンタイトル戦ではあるけど、通常のタイトルマッチと同様、五ラウンドまでに決着がついたら、敗者は勝者に陵辱される。それ以外は、ノンタイトル戦の標準契約ってことで、話を進めておいてちょうだい。」
「わかりました。では、ヒルダさんにもう一度確認して、依存がないようでしたら、正式に試合契約を結ばせていただくことにします。……」
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試合が行なわれる前日、検量が行なわれる会場に向かうロクシーの機嫌は、あまり良くなかった。
その理由は、今までどんなに前評判の良い挑戦者が相手のときにでも四対一以上だった賭け率が、二対一を割るところまで来ていたからだった。ライト級の選手との試合で、ブックメーカーに集まった金の約三分の一が自分の負けに賭けられているという事実は、無敵のチャンピオンを自負するロクシーにとっては、ある意味、大きな屈辱であると言えた。
「前の試合で大きなピンチに陥ったことが、賭け率に影響を及ぼしてるのかしら。……
何にせよ、今日の試合は、完膚なきまでに相手を叩きのめす必要がありそうね。……」
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先に秤に載ったロクシーは、いつものように、報道陣を前に、両腕に力こぶを作るポーズを取った。そして、これもいつものように、試合契約重量であるミドル級のリミットに少し余裕を残して、計量をパスした。
そのすぐ横で、ロクシーの計量の様子を眺めていたヒルダは、薄笑いを浮かべたままの表情を変えることなく、自分も静かに秤に載った。
「ヒルダ、120ポンド。」
係員の声に驚いたロクシーは、目を丸くして、秤の目盛りに見入った。
ロクシーは、試合の契約がミドル級のリミットである140ポンドである以上、ヒルダが普段ライト級で試合を行なっているとしても、この試合に合わせて、ある程度は試合契約重量に近づけてくると考えていた。しかし、ヒルダが載っている天秤秤は、ライト級のリミットである120ポンドちょうどに錘が置かれたところで、見事に釣り合っていた。
秤から降りたヒルダは、ロクシーの方にちらりと視線を遣ったあと、相変わらず薄笑いを浮かべながら、無言ですぐに計量会場を後にした。その様子を目で追っていたロクシーは、ヒルダの背中を睨みつけ、呟いた。
「ライト級のウエイトのままで、この私との試合に臨むなんて、どういう神経をしてるのかしら?
…… あんまり私を嘗めてると、きっと痛い目を見るわよ。……」