この物語は、「繚花館女子園」という名の、四年全寮制の伝統を今なお頑なに守り続けている高等専修学校(年齢的には大学と同じ)が舞台になっている。この園の歴史は古く、戦前、女性の社会進出が国を豊かにするためには絶対に欠かせないと考えたある財閥の長が、莫大な資金を注ぎ込み、当時は私塾として創設された。

 とある地方都市郊外に在る、学生寮までを含んだ広大なキャンパスには、園の名前の由来となった「百花繚乱」そのままに、至る所に季節の花々が綺麗に咲き乱れ、その中ではうら若き乙女たちの笑い声が、そこかしこから絶えず洩れ聞こえていた。










繚花館女子園物語


新入園生・麻衣子の恋人





Scene. 1



 入園式から三日経った、四月初旬の或る晴れた暖かい日の午後、肩から掛けた白いカーディガンの袖を胸元で軽く結び、薄いピンクの長袖シャツに、少しクラシックな感じのする臙脂色のスカートを穿いた白石麻衣子は、園舎から寮へと続く小道を、心地良い春の花の香りがする空気を一杯に吸い込みながら、腰の後ろに手を組んで、ゆっくりと歩いていた。

 ほんの少しだけ雲が見える青空を眺めながら歩いていた麻衣子が、ふと前方に目を遣ると、道の反対側から、一人の娘が麻衣子の方に向かって歩いて来ていた。二人が互いに歩を進め、麻衣子とその娘との距離が縮まってくると、髪を短く切り、ゆったりとした感じの明るい緑色のシャツに、カーキ色の綿パンツを穿いた娘の顔立ちがはっきりしてきた。麻衣子はその髪の短い娘の顔に、何となく見覚えがあるような気がした。

 麻衣子が、道の反対側から歩いて来た短い髪の娘に、すれ違いざまに会釈をすると、相手の娘もにっこりと笑顔を返してきた。麻衣子は少しだけ歩く速さを緩め、その娘の名前を思い出そうとしていた。

「麻衣ちゃん。」

 背後から不意に自分の名前を呼ばれ、麻衣子はその声の方に振り返った。そこには、今しがた目の前を通り過ぎていった髪の短い娘の姿があった。娘は、麻衣子に親しげな笑顔を向けながら、麻衣子の方に歩み寄り、再び麻衣子の名前を口に出した。

「麻衣ちゃん。…… 麻衣ちゃんだよね。」

「…… そうですけど、…… あの、……」

 麻衣子は、相手の娘の顔を良く見てみた。確かに、どこかで見覚えのある顔、それだけは、麻衣子にはわかっていた。が、相手は自分の名前を知っているのに、麻衣子にはまだ相手の名前を思い出せないでいた。短い髪の娘は、自嘲気味に息を吐き出し、良く見てよと言いたげに、顔を麻衣子に近づけ、くりっとした黒い大きな瞳を麻衣子に向けた。

「もう、忘れちゃったかなぁ。…… ボクだよ。宮崎茜。覚えてる?」

「あ、茜ちゃん。」

 相手の名前がわかったことで、麻衣子の記憶が鮮明に蘇った。麻衣子は、短い髪の娘の名前を呼び、思わず娘に抱き付いた。相手の娘も麻衣子の身体を抱き締めた。

 宮崎茜。麻衣子が中学一年生のとき、同級生だった娘だった。当時茜は、同じクラスの男子からも女子からも人気のある快活な少女で、生徒同士で話をするときは、自分のことを「ボク」と呼んでいた。麻衣子と茜とは特に親しい間柄というわけではなかったが、三学期の終業式の日、父親の転勤に伴い、転校を余儀なくされた茜が、クラスメイトに最後の挨拶しているときに、ぼろぼろと涙をこぼしたことを、麻衣子は良く覚えていた。

「良かったぁ。やっぱり、覚えててくれたんだ。…… こんなとこで会えるなんて。…… ってことは、麻衣ちゃんも繚花館に入園したんだね。」

「茜ちゃんもそうだったんだ。…… 本当に久しぶりだね。…… 私、入園式の日から今まで、知ってる人に一人も会えなくて、寂しかったんだ。…… 茜ちゃん、随分大人っぽくなったね。全然わからなかった。」

「ボクもちょっと見ただけじゃ、麻衣ちゃんのこと、すぐには思い出せなかったよ。でも、初めて見る顔じゃないってことだけはわかった。…… 麻衣ちゃんは、相変わらずかな。セーラー服じゃないときには、昔もそんな感じの服を着てること、多かったよね。」

「そうだったね。…… ねぇ、茜ちゃん、これからどこへ行くの? 私、今は別に予定があるわけじゃないから、茜ちゃんがいいって言ってくれれば、しばらく一緒に居られるよ。ね、いいでしょ?」

「うん。麻衣ちゃんと一緒に居られるなんて、ボクもすごく嬉しいよ。…… ボク、これから運動部会館へ行くんだ。良かったら一緒においでよ。」

 麻衣子は寮に向かうのを止め、今来た道を、茜と一緒に園舎の方へと戻って行った。二人は、年頃の娘らしい、楽しそうな笑い声を上げながら、五年前の思い出話に花を咲かせた。




Scene. 2



 麻衣子と茜が目的地になっている運動部会館まであと少しの所までやって来たとき、建物の陰から、二人の前に、繚花館のスクールカラーである紅色のポロシャツに、薄い桃色のジャージーパンツを身に付けた、先輩の園生と思われる二人の若い女性が現れた。タイプこそ違うものの、麻衣子の目には、二人が二人とも飛び切りの美人に映った。その二人の姿を見た瞬間、麻衣子の頭の中は真っ白になってしまっていた。

 背の高い方の女性の身長は、少なくとも百七十五センチはあるだろう。整った凛々しい顔立ちの下にある体躯は、充分に鍛え上げられていることが一目で見て取れた。ポロシャツの袖口周りに見えている二の腕には、無駄なく筋肉がついていて、ピンと吊り上がったお尻のラインも、彼女がスポーツウーマンであることを示していた。かと思えば、ポロシャツの胸の部分がはちきれんばかりになっていて、かなり豊かな乳房の持ち主であることも窺い知ることができた。この女性が、もし自分が繚花館に入園する前に通っていた女子高に居たら、毎日数え切れないほどのラブレターが彼女の下駄箱に押し込まれるのだろう、と麻衣子は思った。

 長い黒髪を上品に纏めているもう一人の女性の身長は、麻衣子より少し背が高い茜と同じ、百六十五センチぐらいで、極めて女性らしい、穏やかな顔立ちをしていた。身体の線は細そうだが、背の高い方の女性と同じように、ポロシャツの上からでもはっきりわかるほど膨よかな乳房をしていて、それとは対照的に、この世のものとは思えないほど細い腰をしていた。

 一歩ごとに大きな胸を揺らしながら歩く二人を、誰かが麻衣子に映画俳優かファッションモデルだと言っても、麻衣子はまったく疑いを持たなかっただろう。楽しそうに談笑しながら歩いているその二人連れに、茜が深く頭を下げたので、両目を見開いて二人の姿に見入っていた麻衣子も、慌てて茜に倣った。相手の二人連れも、麻衣子と茜の姿を見ると、にっこりと微笑んで、軽く会釈を返した。

 麻衣子の心臓はドキドキと音を立てて鼓動していた。あまりの出来事に、相手の二人が完全に麻衣子たちの前を通り過ぎるまで、麻衣子は頭を上げることができなかった。何とか顔を上げたあとも、麻衣子はポカーンと口を開けたまま、麻衣子たちから離れ、運動部会館の入り口の方へと歩いて行く二人の女性の背中を見つめたままだった。

 茜は麻衣子の傍らで麻衣子の様子を横目で見ながら、いたずらっぽくクスクスと笑ったあと、麻衣子と同じ方向へ視線を移した。

「…… やっぱりすごいよねぇ。あの二人。」

「あ、茜ちゃん、あの二人のこと、何か知ってるの?」

「うん。実は、昨日あの二人には直接会ってるんだ。…… ボク、今年繚花館を卒園したお姉ちゃんが居るんだけど、昨日寮に帰ってからお姉ちゃんと電話したときにそのことを話したら、お姉ちゃん、すぐにわかったよ。お姉ちゃんも言ってたけど、あの二人はこの園内ではホントに有名人なんだよ。」

「えぇー、教えてよー、茜ちゃん。…… ねえねえ、あの二人、一体誰なのー?」

 茜には、好奇心を丸出しにして、自分に答えをせがむ麻衣子の様子が、中学生時代に一年だけ同級生だった頃の麻衣子の姿に重なって見えた。こんなに早く、気心の知れた友人ができるなんて。そう思うと、茜はとても嬉しくなった。麻衣子が茜のシャツの袖を引っ張り始めたので、茜は少し慌てて、麻衣子に笑顔を向けた。

「あはは、わかった、わかった。そんなに急がなくても、すぐに教えてあげるよ。…… じゃ、ボクの用事も急がないから、その前に会館の喫茶室にでも行って、少しお話ししようか。」




Scene. 3



 麻衣子と茜の前を通り過ぎて行った、魅力的な二人連れの女性を追うようにして、繚花館女子園運動部会館に入った二人は、会館の一階にある喫茶室で、隅の方にあったテーブルを選び、椅子に腰を下ろして向かい合った。さっきの二人連れのことを一刻も早く訊き出したいという想いから、麻衣子は、テーブルの上に身を乗り出さんばかりになっていた。好奇心に瞳を輝かせている麻衣子の顔を見て、茜はクスリと笑ったあと、唐突に口を開いた。

「麻衣ちゃん、ずいぶんおっぱい大きくなったね。」

 麻衣子は、普段から自分の胸が大き過ぎることについて少し悩んでいた。そのことを茜に面と向かって切り出され、麻衣子は反射的に茜から身体を離し、両腕を胸の前で交差させた。

「い、ぃやだぁ、茜ちゃん。…… 何よ、いきなり、……」

「うーん、多分88、いや、90あるかなー?」

 恥ずかしさに頬を染め、首を竦めて、上目使いに茜を見ていた麻衣子は、茜の視線が自分の胸に向けられているのに気付くと、目の前のテーブルへと視線を落とし、小さな声で言った。

「………… きゅ、…… きゅうじゅう、…… いち、………」

「あっはっは。それじゃ、ボクと同じだ。こう見えても、ボクだって、バストはちゃあんと91あるんだよ。恥ずかしがることなんてないじゃない、麻衣ちゃん。…… でも、おっぱい大きいと結構疲れるよねぇ。羨ましがる人も居るけど、いいことばっかりじゃない。肩は凝るしさぁ、ブラを探すんだって一苦労だしねぇ。」

「うん、…… そうだね。……」

「ねぇ、麻衣ちゃんも、ブラは『Sakura』を使ってるんでしょう? ボクも今持ってるブラは全部『Sakura』ブランドだしね。」

「うん。国内のメーカーのものだと、『Sakura』以外はなかなかサイズが合わなくて。…… 輸入物は結構高くついちゃうし、…… って、確かにさっき見た二人とも大きな胸はしてたけどぉ、それはあの二人には関係ないでしょ、茜ちゃん。」

 自分が訊きたいことになかなか触れない茜に少し苛立った麻衣子は、椅子の背に凭れ掛かっている茜に膨れっ面を向けた。茜は相変わらず余裕綽々といった態度を変えずにいた。

「まんざらそうでもないんだよね、これが。…… じゃ、タネ明かしをしてあげるよ、麻衣ちゃん。さっき見た、ボクたちよりも立派なおっぱいの二人の、背の低い方の人、苗字は、たかはら、って言うんだ。たかはらのたか、は高い低いの高っていう字じゃないよ、天の川の天っていう字を使うんだ。……」

「えっ、…… じゃ、もしかして、あの人、……」

「そ。あの人は、女性用の下着やスポーツ用のアンダーウエアで、一代で日本一のシェアを攫い取った天才デザイナー、天原愛子の末娘、天原櫻子さんだよ。今、ここの四年生。ボクたちの三年先輩、ってわけだね。」

「じゃあ、『Sakura』ってブランドは……。」

「ご想像の通り。櫻子先輩のような大きなおっぱいの女の子のために作られたブランドなんだよね。…… って言うか、国産のブラに自分の娘に合う物が見当たらなくなりそうなんで、天原愛子が自分でデザインして、商品化しちゃったんだ。もちろん『Sakura』のブランド名は、娘である櫻子先輩の名前を取って付けられたんだよ。つまり、櫻子先輩のおっぱいが、『Sakura』を生んだ、ってことになるわけなんだ。」

「へぇー。そうだったんだ。……」

 自分が身に付けている下着が生まれた背景を聞かされた麻衣子は、少しだけ尊敬するような眼差しで茜を見つめた。これに気分を良くしたのか、茜は「どうだ」といわんばかりに胸を張った。そして、すぐに寄り掛かっていた椅子の背中から身体を起こし、麻衣子の方に身を乗り出して、テーブルの上に両肘をついた。

「…… でもねぇ、櫻子先輩の凄いのは、おっぱいだけじゃないんだ。今日、先輩はポロシャツ着てたから、あんまり良くわからなかったと思うけど、水着姿とか見たら、卒倒しちゃうぐらいの超ナイスバディみたいだよ。…… 何でも、お姉ちゃんの話によると、98-49-89だって。」

「…… きゅ、…… きゅうじゅうはちの、…… よんじゅうきゅぅうー?」

「そうらしいんだ。…… バストがウエストのぴったり倍だよ、倍。信じらんないよねぇ。」

 麻衣子は茜の顔から視線を外し、頭の中で櫻子の身体のラインを想像してみた。自分よりも7センチ大きいバストに、10センチ近く細いウエスト。…… 考えていると、頭がおかしくなりそうだった。麻衣子は再び、「きゅうじゅうはちの、よんじゅうきゅう、……」と呟き、額の辺りに手を遣って、大きな溜息をついた。




Scene. 4



 ちょっとショックだったみたいだな、と茜は思った。無理もない。茜が初めて櫻子のスリーサイズを姉から聞かされたとき、にわかには信じられなかったし、その予備知識があるにもかかわらず、前日、実物の櫻子を初めてその目で見たときにも、「こんなに美人で、こんなに胸が大きく、こんなにスタイルの良い女性が、この世に存在するのか。」と、茜は感じていた。

 相変らず言葉を失っていた麻衣子が、櫻子のスリーサイズを聞かされてから三度目の溜め息をつき終わるのを待って、茜は再び口を開いた。

「じゃ、次にもう一人の方、今度は背の高い方の人だよ。見るからにスポーツウーマン、って感じだったでしょう? …… あの人の名前は大沢樹里。櫻子先輩と同じ、ここの四年生で、アマチュアレスリングでは日本でもトップクラスの選手なんだ。去年のアマチュアレスリング世界選手権は、日本代表の最終選考まで残ってたんだよ。」

「へぇー。すごい人なんだねー。あの人も本当に美人だったし、身体の鍛えられ方も普通じゃないな、って思ったけど、それだけじゃなかったんだ。…… 茜ちゃん、お姉さんがここの卒園生みたいだし、いろんなことが聞けていいなぁ。私、この園のことあんまり良く知らないから、いろいろ教えてね。」

「あ、樹里先輩のことは、お姉ちゃんに聞いたんじゃないよ。ボク、前から知ってた。」

「えっ、違うの?」

「うん。…… ボク、高校生の頃からレスリングやってるんだ。だから、樹里先輩のことは、その頃から知ってる。雑誌で何度も写真を目にしてるし、大会の会場で見かけることもあったしね。初めて樹里先輩のことを試合会場で見たとき、正直、ボクも驚いた。あのおっぱいがなかったら、多分もう一ランク、階級を落とせるんじゃないかなぁ、なんて思ったよ。…… それだけじゃなくて、レスリングって、おっぱい大きいとかなり不利なんだよ。ボクだって、一応これだけおっぱいあるから、その辺は良くわかるんだけどね。」

 茜が自分の胸を突き出して、「自分もこれだけおっぱいがある」と説明したの姿は、麻衣子の目に何とも微笑ましく映った。また、麻衣子はレスリングのことは良くわらなかったが、確かにあれだけ大きな胸だったら、邪魔にもなるだろうということは、何となく理解できた。

「そうそう。…… ボク、昨日、樹里先輩と櫻子先輩に会った、って言ったでしょう?」

「うん。」

「ボク、ここのレスリング部に入ったんだ。昨日入部手続きをしてきたんだけど、樹里先輩と櫻子先輩には、そのときに会ったんだよ。櫻子先輩はレスリング部のマネージャーをしてて、入部の書類を受け取ってもらったし、ちょうどそのとき、樹里先輩も一緒に居合わせてたんだ。…… ねぇ、麻衣ちゃんはどこかの部に入ったの?」

「ううん、まだ。…… まだ決めてないの。」

 茜の問いかけに、麻衣子は小さく首を横に振ってから答えた。茜は少しだけニヤリと笑うと、さらに麻衣子の方に身を乗り出した。

「じゃあさ、ボクと一緒に、レスリング部に入らない? 結構面白いよ、レスリング。」

「えーっ? 私がぁー? 無理だよー。茜ちゃんが一緒なのは嬉しいけどぉ。……」

 麻衣子が慌てて否定する姿が、茜には可笑しかった。茜は「あははは」と、声を上げて笑った。

「…… まあ、無理には誘わないよ。…… ボクはこの園にレスリング部があるの知ってたし、始めから入部するつもりでいたから、さっさと入部しちゃったけどね。今日、運動部会館に来たのは、入部手続きがあと少しだけ残ってるからなんだ。…… 麻衣ちゃんは、ここのことはあまり良くわからないだろうし、まだ入園したばかりなんだから、いろいろ園内を回って、それからどこの部に入るかを決めても、別に遅くないと思うよ。…… ねぇ、麻衣ちゃん、せっかく運動部会館に来たんだから、この中を一緒に歩き回ってみない? 今だったら、新入生の子たちも一杯来て見て回ってるはずだし、早いうちに園のこと知っておくためにも、損はないと思うけどね。」

「あ、面白そうね。…… 茜ちゃんが一緒に居てくれるんだったら安心だし。」

「この運動部会館には運動部の部室が全部入ってるはずだから、もし気に入った部が見つかったら、そこでお話を聞いてみるといいよ。ああ、さっき樹里先輩たちもここに入っていったから、今レスリング部の部室に行ったら会えるんじゃないかな。…… 麻衣ちゃん、樹里先輩と櫻子先輩に興味あるみたいだし、入部を考えてるってことにして、もういっぺん実物を拝みに行く、なんてのはどう?」

 茜にそう言われて、麻衣子は少し前に目の前を通り過ぎていった二人連れのことを思い浮かべた。樹里と櫻子が話し合っている姿は、麻衣子の目に、本当に楽しそうに映っていた。

「あー、すごく素敵だったねー。あの人たち。…… それに、何かこう、すごくいい雰囲気だったし。まるで恋人同士みたいな、……」

「えへへへへ。…… 良くわかったね、麻衣ちゃん。」

 茜の切り返しが、麻衣子の想像していたものとまったく違っていたので、麻衣子は「えっ?」と言ったきり、少しの間、黙ってしまった。樹里と櫻子は恋人同士のような関係、それを茜は否定しなかった。その答えが麻衣子の頭の中に浮かんできたが、麻衣子の理性は、すぐにそれを否定した。それでも麻衣子には、始めに頭に浮かんだもの以外の答えに辿り着くことができなかった。

「…… 茜ちゃん、…… それ、…… どういうこと? ……」

 麻衣子は恐る恐る、茜に尋ねてみた。

「樹里先輩と櫻子先輩は、ズバリ恋人同士なんだよ。ボクのお姉ちゃんは、二人が園の中で抱き合ったり、キスしたりしてるのを、何度も見たことあるって言ってた。樹里先輩と櫻子先輩は、ボクたちみたいな、園に入ったばかりの新入生を除くと、それを知らない人は園内に一人も居ない、有名人同士のカップル、ってわけさ。」

 茜がこともなげにそう言うと、麻衣子は顔を赤らめて俯いてしまった。麻衣子は女子高に通っていたので、校内で女の子同士がキスしたり、抱き合ったりしているのを、まったく見たことが無かったわけではなかったが、それはどちらかというと、子供同士がふざけ合っている程度のレベルだった。しかし、樹里と櫻子の関係は、間違いなく大人の女性同士のものだ。麻衣子の頭の中に、樹里と櫻子がキスするシーンが浮かんで来ると、麻衣子は両掌で口元を覆い、ますます頬を紅潮させた。言葉を失っている麻衣子を見た茜は、楽しそうに笑った。

「麻衣ちゃんには、ちょっと刺激が強すぎたかな? でも、いずれはわかることだから、心の準備はしておいた方がいいよ。…… じゃ、遅くなるといけないから、そろそろ運動部会館ツアーに行くことにしようか。ね、麻衣ちゃん。」

「……うん。…… そうだね。じゃ、よろしくね、茜ちゃん。」




scene. 5



 麻衣子と茜は、運動部会館の中をくまなく周り、最後に残っていたレスリング部室のドアの前まで来ていた。麻衣子も、茜ほどではないにしても、どちらかというと身体を動かすのが好きなタイプで、少しだけ運動部の活動に参加してみたい、という気があった。しかし、レスリング部の部室に着くまで、麻衣子は特に気に入った部を見つけられずに居た。

 二人がレスリング部のドアの前で立ち止まり、茜がドアをノックすると、中から、「はぁい、どうぞ。」と返事があった。茜が、「失礼いたします。」と返事をして、部室のドアを開けて部屋の中に入ったので、麻衣子も茜にの後ろに付いて、レスリング部室に足を踏み入れた。そこには、少し前に見たときのように、紅色のポロシャツを身に纏い、部室の中に置かれたデスクの後ろに腰を下ろして、何やら事務作業をしている櫻子の姿があった。茜が櫻子に深く頭を下げたので、麻衣子はそれに倣った。櫻子は初々しい新入園生の仕草を見て、にっこりと笑い、椅子から腰を上げて、二人の前へ歩み寄ってきた。

「またお会いできたわね。こんにちは。」

「こんにちは、櫻子先輩。入部手続きの残り、済ませに来ました。」

 櫻子は小さく返事をして、麻衣子にも軽く会釈をすると、茜から何枚かの書類を受け取り、それにざっと目を通した。

「はい、大丈夫。これで茜さんは、正式にレスリング部員になったことになるわね。では、改めて。これからも、よろしくお願い致します。」

「あ、いえ、こちらこそ、よろしくお願い致します。」

「はい。…… あら、こちらのお嬢さんも、入部希望の方かしら?」

 櫻子と視線が合ってしまった麻衣子は、「いえ、あの、私は、……」と口篭ってしまった。少しだけ不思議そうな顔をした櫻子に、茜が声を掛けた。

「あ、こっちの娘は、白石麻衣子さん。私と同じ新入園生で、中学校のとき、一年間だけ同級生でした。お互いにこの園に入園したことは知らなかったのですが、さっき、偶々会ったので、昔話がてら、私にお付き合いをしていただきました。」

 櫻子は、茜から麻衣子の紹介を受けると、小さく息を吐き出し、少しだけ申し訳なさそうな表情を、麻衣子に向けた。

「そうだったの。ごめんなさいね、麻衣子さん。勘違いしちゃって。」

「あっ、…… いえ、…… とんでもありません。関係者ではないのに、入室してしまって。…… 申し訳ありませんでした。」

「あら、いいのよ。茜さんのお友達だったら、いつでも気軽に、ここへ立ち寄ってくださいね。…… で、麻衣子さんは、どこの部に入るのか、もう決められましたか?」

「あ、まだです。…… 運動部には少しだけ興味があったので、茜ちゃんと一緒に運動部会館の中を見て回ったのですが、特にこれといって惹かれるものが無かったので、……」

 麻衣子がそこまで答えたときに、不意に部室のドアがノックされ、櫻子の返事を待たずにドアが開くと、櫻子と同じ、紅色のポロシャツを着た樹里が、二冊ほどのファイルを抱えて部室の中に入ってきた。樹里は茜に気付くと、凛々しい顔立ちを崩し、茜に笑顔を向けた。

「こんにちは。もう全部手続きは済んだ?」

「あ、はい、樹里先輩。もう済ませました。」

「そう。…… じゃ、これからもよろしくね。」

 樹里は茜に向かって言葉を続けながら、櫻子の方へ歩み寄っていった。そして樹里は、手の届く所まで櫻子のそばまで来ると、少し唇をすぼめて、何のためらいも無く、櫻子の顔に自分の顔を近づけた。樹里の行動は、誰の目にも、明らかに櫻子にキスをしようとしているように映った。櫻子は、呆れたような表情を作って樹里を押しとどめ、笑いながら小さく首を横に振ったあと、新入園生の二人の方にちらと目を遣り、樹里を見つめた。

 樹里が、「あ、そうか。」と言いたげに、櫻子から自分の顔を離すと、櫻子は可笑しそうに、クスクスと笑ったあと、茜の方に向き直った。

「びっくりさせちゃって、ごめんなさいね。お二人とも、まだ私たちの関係はご存知ないですものね。」

「あ、…… いえ、…… ボク、いや、私には、私と入れ違いにここを卒園した姉がいますから。…… あの、…… 樹里先輩と、櫻子先輩のことは、良く存じ上げています。……」

「あら、そうだったのね。…… ということは、麻衣子さんも茜さんからそのことを聞いていらっしゃるのかしら?」

 櫻子がそう言って、麻衣子の方を見遣ると、麻衣子は少し頬を染め、視線を自分の足許に落として、小さな声で、「はい」と答えた。その様子を見ていた櫻子は、満面に穏やかな笑みを浮かべた。

「じゃ、お二人の前では、もう遠慮するのはやめましょう。」

 櫻子は樹里の方に顔を向け、少しだけ唇をすぼめた。樹里は、麻衣子と茜に向かってにっこりと微笑むと、少しだけ腰を屈めて、唇を櫻子の唇に軽く重ね合わせた。




Scene. 6



 樹里と櫻子のキスをする姿を見て、茜は首をすくめ、顔を赤らめて俯いた。麻衣子は、茜よりもさらに顔を真っ赤にして、両手で口元を覆い、同じように下を向いてしまった。櫻子は、樹里から新入園生二人の方に顔を向けると、小首を曲げ、にっこりと微笑んだ。

「あなた方には、少しだけ刺激が強かったみたいね。でも、私と樹里とはこういう関係なの。だから、あまり気にしないでね。…… あ、樹里、こちらは茜さんのお友達。中学生の時に同級生だった方のようよ。」

「ああ、かわいい娘さんだね。…… 大沢樹里です。初めまして。」

「あ、…… 白石麻衣子です。…… 初めまして。……」

 樹里が手にしていたファイルをデスクの上に置いたあと、麻衣子に自己紹介をしても、麻衣子は顔を真っ赤にしたままで、なかなか顔を上げられずにいた。そんな麻衣子の前に、櫻子は一歩近づき、声を掛けた。

「ねえ、麻衣子さん。まだ入部先を決めていらっしゃらないようなら、仮入部という形にして、私たちの仲間になりません? 茜さんは競技志向みたいだけれど、レスリング部には、文科系の部と掛け持ちをして、基礎体力強化のために在籍している人もたくさんいるわ。だから、そのあたりは気にしなくても大丈夫よ。もし、麻衣子さんがよろしければ、私みたいにマネージャーをしながら、って形でも、全然構わないのよ。正直なところ、私以外にマネージャーをしていただける人がいなくて、少し困っていたところなの。麻衣子さんがそういう形で入部して下さると、本当に助かるんだけど……」

「麻衣子さんは、まだ入部先を決めていないんだね。じゃ、良かったらレスリング部においでよ。…… ねえ、体育館のトレーニングルームには行ってみた?」

「あ、私もまだ見てないです。」

 樹里の質問は麻衣子に向けられていたが、麻衣子が声を出す前に、横から茜が答えた。入園式は、樹里の話に出てきた体育館で行なわれたが、麻衣子も茜も、メインホールになっている部分にしか立ち入っていなかった。

「体育館の中には、いくつかの部の練習場と、かなり大きなトレーニングルームがあるんだ。今の時期だったら、新入園生は見学できるはずだから、寮に戻る前にでも行ってみるといいよ。あそこのトレーニングルームは、マシン類も充実してるし、それだけを見てもなかなか立派な施設だよ。…… 運動部に所属していれば、自由にトレーニングルームに出入りできるんだ。その意味でも、どこかの運動部に所属するメリットは大きいと思うなぁ。…… ねえ、櫻子、うちの部員は、半分以上、そっちが目当てじゃないのかな。」

「そうねぇ。…… 確かに、試合のためにレスリング部に居る人は、ほんの一握りだし。…… だからね、麻衣子さん、今までにレスリングを経験したことがないとかいうことは、まったく気にしなくていいの。もちろん、さっきお話したように、体力をつけることが目的の掛け持ち入部も歓迎よ。…… ね、急がなくていいから、うちへの入部、考えていただけない?」

 櫻子が、マネージャーを兼ねて、という話をしてから、麻衣子は少しづつレスリング部への入部を考え始めていた。麻衣子は世話好きな性格であったし、適度に身体を動かし、基礎体力をつけていきたいという、自分の希望にも合いそうだった。設備の整ったトレーニングルームを自由に使えるということも、麻衣子には魅力的に感じられた。そして、何より、気心の知れた茜と同じ部の活動に参加できるということで、麻衣子の気持ちは、レスリング部への入部に大きく傾いていた。

「ねえ、麻衣ちゃん。樹里先輩も、櫻子先輩も、ああ言ってくださってることだし、…… 一緒にレスリング部に入ろうよ。…… 麻衣ちゃんが入ってくれると、すごく嬉しいな。」

 茜がそう言って麻衣子の方を見ると、麻衣子は茜に向けていた視線を足許に落として、何やら思案しているような仕草をした。しばらくそうしていた麻衣子は、ちらっとだけ樹里と櫻子の方に目を遣ったあと、小さく息を吐き出した。

「…… う、うん。…………… じゃぁ、…… お世話になろうかな。……」




Scene. 7



 結局、仮入部という形ではあったものの、麻衣子がレスリング部への参加を決めたことで、茜はたいそう喜んだ。麻衣子と茜は、しばらくの間、レスリング部室の中で樹里と櫻子から部の活動のことについて話を聞いたあと、運動部会館を後にして、樹里にアドバイスされた通り、運動部会館のすぐ隣りにある体育館を訪れた。

 麻衣子と茜は、体育館のメインの入口を過ぎたところにある受付で、トレーニングルームを見学したい旨を係員に告げると、担当の係員は、二人が新入園生であることを確認したあと、二人に新入園生用の入室証を手渡し、トレーニングルームのあるフロアの簡単な案内をしてくれた。

 麻衣子と茜が階段を一フロア分降りると、すぐに広大なガラス張りになっているスペースを見つけることができた。そのスペースの中にはトレーニング用やエクササイズ用のマシンが数多く置かれていて、それが樹里の話していた、「トレーニングルーム」であることは、二人にもすぐに理解できた。

 まだ新年度の授業が始まっていないこともあり、トレーニングルームに置かれているマシンは二割程度しか埋まっておらず、利用している園生は少ないようだった。二人はトレーニングルームに入室し、エアロバイクの傍らにある椅子に腰を下ろして一息入れている女性に近づいて行った。緑色のトップスと同じ色のスパッツを身に付け、大きな白いタオルで汗を拭っているその女性の前まで来ると、彼女は二人に気付き、にこやかに会釈をした。

「初めまして。…… あなたたち、今年入園された方ね。トレーニングルームの見学に来たんでしょう? 私、今度四年生になった、村上と言います。こんにちは。…… 私、ラクロスをやってるんだけど、ここのトレーニングルームは、一年生の時からほとんど毎日利用させてもらっているの。あなたたちはここに来るの初めてみたいだから、良かったら少し説明してあげるわ。」

「あ、ありがとうございます。そうしていただけると助かります。…… 私、宮崎茜と言います。初めまして。…… こっちは、白石麻衣子ちゃん。村上さんの言ったように、私たち、今年入園したばかりの一年生で、二人ともレスリング部に入ることにしました。……」

 茜がそう答えると、麻衣子もその横で、相手の四年生に小さく頭を下げた。麻衣子は少し赤面してしまっていた。村上と名乗る四年生の、比較的膨よかな胸を覆っている緑色のトップスは、汗でぴったりと彼女の身体に張り付いていて、その二つの頂きに、ポツンと乳首が浮き出ていたからだった。相手の四年生は、麻衣子の視線が自分の胸に当てられていることを感じると、一度自分の胸元に視線を落とし、表情を崩した。

「ああ、これね。…… 面と向かって見つめられると、少し恥ずかしいけど。…… でも、ここは園生だけしか立ち寄らないから、ここに居るときは、それほど気にはならないの。私だけじゃなくて、こんな感じのウエアでトレーニングしてる人、結構多いわよ。…… 私、ニプレスするのあんまり好きじゃないから、こういう格好をすると、どうしてもおっぱいの先は浮き出ちゃうのよね。……」

 麻衣子が周りを見回してみると、異性の目が入り込む余地がないせいか、彼女の言った通り、薄手のトップスの上から乳首が浮き出てしまっているのが、遠い位置からでもはっきりとわかってしまう女性の姿を、麻衣子は何人も見つけることができた。一通り周りを見回し終わると、麻衣子は、「そ、そうですね。……」と言ったきり、再び顔を赤くして、俯いてしまった。

「確かに、高校を卒業したばかりのあなたがたには少し刺激が強いかも知れないけど、きっとすぐに慣れると思うわ。…… あ、そうそう、レスリング部には大沢さんと天原さんが居るでしょう? あの二人、私なんか比べ物にならないくらいすごいわよ。早いうちに慣れておかないと大変よ。」

 相手の四年生は、そう言って楽しそうに笑ったあと、トレーニングルームにあるマシンの使い方や、部屋の中にある他の設備、同じフロア内にあるレスリング部の練習場の場所などを、二人に丁寧に説明した。麻衣子と茜は、相手をしてくれた四年生に礼を言って別れ、トレーニングルームの中を歩き回り始めた。二人はその後も、何人かの先輩の園生と思われる女性に声を掛け、先の四年生に訊きそびれた事柄について何度か尋ねてみたが、相手は麻衣子たちが新入園生であることをすぐに悟り、皆一様に、親切に説明を返してくれた。

 一通りトレーニングルームを見て回った二人は、始めの四年生に教えられた案内に従って、レスリング部の練習場に向かった。ほどなく二人は、入口に、「レスリング練習場」と書かれたプレートが貼り付けられているドアを見つけることができたが、すりガラス越しに見える練習場は照明が落とされていて、入口のドアにも鍵が掛かっていたので、二人はそれ以上は諦めて、階上に戻って受付で入館証を返し、体育館を後にした。




Scene. 8



 麻衣子と茜が体育館の外に出ると、陽はすでに傾きかけていたので、二人はお互いの寮に帰ることにした。二人は寮へ戻っていく最中も、笑顔をお互いに向けて、会話を楽しんでいた。

「ねえ、茜ちゃん。…… 茜ちゃんは、どうして繚花館を進学先に選んだの?」

「それはね、多分、麻衣ちゃんと一緒だよ。麻衣ちゃんのお母さん、ここの卒園生なんじゃない?」

「うん。…… じゃあ、茜ちゃんのお母さんもここの卒園生なのね。」

「そうだよ。お姉ちゃんもそうだけど、ボクがこの園に入ったのは、お母さんがどうしても娘二人をここに入園させたかったから、っていうのがまず第一の理由なんだ。でも、お母さんの話や、お姉ちゃんの話を聞いてみて、ボクはすごくこの園に憧れた。お母さんはボクに希望があるんったら、別の大学に進んでも構わない、って言ったけど、ボクは自分の意思で、最終的に繚花館を選んだんだ。ねえ、麻衣ちゃんもそうなんじゃないの?」

「うん、私もほとんどおんなじね。私のお母さんも、私を繚花館に入れたかったみたいだし、その話を聞いて、私もここに入園することを決めたの。」

「でしょう? ここの卒園生で、自分の娘を繚花館に入園させたがってる人って、本当に多いみたいだね。…… 母親が卒園生だと、優先的に入園させてもらえるみたいだしね。」

「そうねぇ。…… ねえ、樹里先輩と櫻子先輩もそうなのかなぁ。考えてみると、さっき樹里先輩も言ってたけど、この園のレスリング部って、そんなに有名じゃないんでしょう? 樹里先輩だったら、日本代表の候補に上がっているぐらいの選手なんだし、有名な体育大学とかから、いくらでも推薦入学の口はあったんじゃない? 私、何か腑に落ちないんだけど。……」

「櫻子先輩のお母さん、天原愛子はここの卒園生だよ。天原愛子は、ここを卒園したことをすごく誇りに思っているらしくって、毎年、園に多額の寄付をしているんだ。だから、娘である櫻子先輩を園に入れたがっていたのは当然だと思う。櫻子先輩が繚花館を選んだのは、多分そんな理由だね。…… でも、樹里先輩は、……」

「何か特別な理由でもあるのかな?」

「いや、樹里先輩のお母さんもここの卒園生なんだ。…… でもねぇ、これは、まるっきりお姉ちゃんからの受け売りなんだけど、どうやら樹里先輩は、母親が卒園生であることを表向きの入園の理由にしておいて、実のところは櫻子先輩を追っかけて来ちゃったらしいんだ。…… 麻衣ちゃんが思っていた通り、樹里先輩には、間違いなく大きな大学からの招待がたくさんあったはずなんだ。でも樹里先輩は、それを全部断って、その時点で既に恋人同士の関係だった櫻子先輩が入園する予定の繚花館を選んだ、っていうのが本当らしいんだよね。……」

 突然、麻衣子の頭の中に、再び樹里と櫻子のキスシーンが浮かんできた。麻衣子はそれを振り払おうとしたが、体育館のトレーニングルームで話をした四年生の大胆なコスチュームや、茜の姉が樹里と櫻子が何度もキスしたり抱き合ったのを見た、ということの興奮と相まって、それは、なかなか麻衣子の頭を離れなかった。

 その後も、麻衣子は茜と会話を続けたが、麻衣子の頭の中の妄想は徐々に膨らみ続けていった。それに気を取られて、麻衣子は茜の話に噛みあわない答えをしてしまうことが何度かあった。茜はそんな麻衣子の様子を心配して、「麻衣ちゃん、どうしたの?」と尋ねたが、麻衣子は慌てて、「何でもない。何でもないよ。」と返事をした。それでも樹里と櫻子のキスシーンは、麻衣子の頭を離れることはなかった。




Scene. 9



 麻衣子と茜は、寮のすぐ近くまで戻って来ていた。すぐ隣り同士ではあったが、麻衣子と茜の寮は同じ建物の中にはないことがわかったので、茜は、「じゃ、また明日。」と麻衣子に告げ、自分の寮のある建物に向かそうとすると、麻衣子は茜のシャツの袖を掴み、寮の入口から少し離れたところへと茜を誘った。

「何? 麻衣ちゃん。」

「…… 茜ちゃん、…… あの、……」

 麻衣子は顔を赤らめて俯き、何度か口を開こうとしたが、麻衣子はそのたびに言葉を呑みこんだ。なかなか話を始めない麻衣子の様子に、茜は小首をかしげ、麻衣子の顔を覗き込んだ。

「麻衣ちゃん、さっきから、何か変だよ。…… ねえ、どうしたの?」

 それでも麻衣子は、なかなか自分の思っていることを茜に告げることができずに居た。が、しばらく経って、麻衣子は、やっと茜が聞き取れるぐらいの小さな声を絞り出した。

「………… 茜ちゃん、…… 私と、…… 私に、キスしてくれない?……」

 茜は思わず吹き出してしまった。麻衣子はちらっとだけ茜の顔を見上げてから慌てて下を向き、「もちろん、嫌ならいいのよ。」と言い張ったが、茜が麻衣子の腕を軽く掴んだので、麻衣子は再び、自分より少しだけ背の高い茜の顔を見上げた。茜は穏やかな笑顔を麻衣子に向けていた。茜はさらに表情を崩した顔を麻衣子の顔の方に近づけ、無言で麻衣子の願いを聞き入れることを、麻衣子に伝えた。

 麻衣子が顔を少しだけ上に向け、目を閉じると、何秒かの後に、麻衣子の唇にとても柔らかいものが触れた。それは間違いなく、茜の唇の感触だった。麻衣子は痺れたように両腕を肩から垂らし、しばらくの間、茜とのくちづけの甘さに酔った。

 二人の唇が離れ、麻衣子が閉じていた目を開けると、そこにはにこやかな微笑を麻衣子に向けている茜の顔があった。麻衣子はまた下を向いてしまったが、その表情は嬉しさに満ち溢れていた。

「どう? どんな感じだった?」

 茜がそう尋ねると、麻衣子は顔を真っ赤にして、さらに顔をほころばせた。

「…………… 気持ち、…… 良かった。…… ありがとう、茜ちゃん。……」

 麻衣子の答えを聞いて、茜も満面に笑みを浮かべた。そして茜は、少し腰を屈め、俯いている麻衣子の顔を覗き込むような位置に自分の顔を移すと、再び麻衣子の唇に軽くキスした。麻衣子が一瞬だけ驚いた表情を見せ、すぐに嬉しそうな笑顔を茜に向けると、茜は小さな声を出して、嬉しそうに笑い出した。

「じゃあね、麻衣ちゃん。明日から授業が始まるけど、終わったらまた会おうね。……」

 茜は一旦そこで言葉を切った。そして、少しだけ真顔に戻って、再び口を開いた。

「…… レスリング部に入ってくれて、ありがとう。…… バイバイ、麻衣ちゃん。」

 茜は麻衣子から一歩だけ下がってそう言い残し、麻衣子に向かって小さく手を振ったあと、くるりと後ろを向いて、自分の部屋がある建物へと帰っていった。




Scene. 10



 その翌日は、レスリング部の部員全員が体育館の練習場に集まることになっていた。新入部員の紹介を兼ねたこの集まりのあと、麻衣子のように競技経験のない娘は、簡単な体力測定をしてからトレーニングメニューの作成を、茜のように競技経験がある娘は、それに加えて、それぞれの実力をチェックするために簡単なスパーリングを行なう、とのことだった。

 体育館のロッカールームで、麻衣子は半袖のTシャツにジャージーパンツを身に付け終わり、茜が着替えを終えるのを待っていた。麻衣子の目の前で、ネイビーブルーのスパッツを穿いた茜は、前日、村上と名乗る四年生が身につけていたものと、ほぼ色違いであるだけのコスチュームになった。自分よりも数段鍛えられた感のある茜の身体は、麻衣子の目に、とても魅力的に映っていた。トップスとスパッツの間に見えるお腹のまわりは適度に引き締まっていて、太股やふくらはぎにもバランス良く筋肉がついていた。

 床に片膝をついて、全体の締まり具合を丹念に調整してからシューズのストラップを結び終わった茜は、すぐそばのベンチに置いてあった大きなタオルを手に取り、傍らに立っていた麻衣子に身体を向けた。

「じゃ、行こうか。待たせちゃってごめんね、麻衣ちゃん。」

「ううん。…… 茜ちゃん、かっこいいなぁ。私も、茜ちゃんみたいな身体になりたいなぁ。」

「そう? そうかな?」

 口ではそう言っているものの、麻衣子にかっこいいと言われたのが嬉しかったのか、茜は背筋を伸ばし、胸を張った。ネイビーブルーのトップスの中に収まっている、茜の豊かな乳房がわずかに揺れた。麻衣子の視線は、茜のトップスの膨らみに浮き上がっている、二つの乳首に向けられていた。

「…… ん?…… あっ、……」

 茜は、麻衣子の視線が自分の胸に当てられていることに気付くと、慌てて両掌を開いて乳房を覆った。

「確かに、じっと見られると、ちょっと恥ずかしいね。……」

「ねえ、茜ちゃん、ニプレスしないの?」

「うーん。高校のときは、ちゃんとつけてたんだよ。でも、昨日、トレーニングルームで初めてお話した人は、ニプレスしてなかったじゃない? あの人も言ってたけど、ここって女の人しか居ないわけだし、ボクもニプレスつけるのあんまり好きじゃないから、ちょっと試してみようかと思って。…… でも、失敗したかなぁ。……」

 麻衣子に指摘されて、気になってしまったらしく、茜は自分の胸元に視線を落とし、トップスの位置を何度か小さく動かした。麻衣子は、そんな茜の様子を可笑しそうに見ていた。やがて麻衣子は、茜の胸元に少しだけ顔を近づけ、茜の顔を見上げた。

「ねえ、茜ちゃん、ちょっとだけ触ってもいい?」

「え? …… いいけど、……」

 麻衣子は、「えへへへ。」と小さく声を上げて、さらに顔を茜の乳房に近づけると、右手の掌を茜の乳房の下側に当て、何度か持ち上げるような仕草をした。麻衣子は、ぷっくりと盛り上がった茜の乳首にも、親指の腹で触れてみようとしたが、茜が顔を赤らめて、「もういい?」と尋ねたので、麻衣子はクスリと笑って首を縦に振り、茜の乳房から手を離した。




Scene. 11



 麻衣子と茜が練習場に足を踏み入れると、そこは比較的小ぢんまりしたスペースになっていて、練習試合が行なえるように、円形の枠が印刷された青色のマットが真ん中に置かれていた。昨日と同じ、紅色のポロシャツ姿の櫻子に促され、二人は十名ほどの新入部員の列に加わった。練習場の入口から一番遠い位置には、櫻子と同じコスチュームの、樹里の姿もあった。樹里は穏やかな微笑を浮かべて練習場の中にいる部員の顔を見渡した。

「これでみんな揃ったね。では、本年度の活動を始めます。…… よろしくお願いします。」

 部員全員が、「よろしくお願いします。」と応えると、部員は一人ずつ自己紹介を始めた。麻衣子は自分がレスリングの経験がないことを、まだ少しだけ危惧していたが、先輩部員や同じ一年生のプロフィールが少しづつ明らかになり、自分と同じように、入園前に競技経験のない娘が何人も居ることがわかると、麻衣子は少しホッとした気分になった。全員の自己紹介が終わると、樹里は四年生の部員に、「じゃ、一年生の体力測定をして来るから、あとはよろしくね。」と告げ、櫻子と一年生全員を引き連れて、練習場を離れ、トレーニングルームへと向かった。

 マネージャーをするということで、麻衣子は、櫻子に指名されて一番初めに測定を終え、結果を用紙に記入していた櫻子の傍に立った。その後も、一年生の体力測定は続けられたが、櫻子は、それぞれの測定項目が何を意味しているのかを麻衣子に説明し、「部員の健康管理、安全管理も、マネージャーの大切な仕事よ。無理な筋力トレーニングをしてケガをしたりしないように、一人一人の能力を、ちゃんと抑えておかないといけないわ。」と麻衣子に伝えた。

 最後に体力測定に臨んだ茜は、十人ほどの一年生の中で、基礎体力、筋力、柔軟性とも一番の成績だった。茜は測定を終えると、小さなガッツポーズを麻衣子に向けたので、麻衣子はクスクスと笑った。その様子を見ていた樹里と櫻子も、お互いに顔を見合わせたあと、小さな声で笑った。

「それでは、競技経験のある人は、樹里と一緒に練習場に戻ってください。それ以外の人は、ここに残ってくださいね。私が最初にマシンの使い方を詳しく説明しておきます。それと、後ほど、皆さんに体力アップ、筋力アップのガイドラインを記入したものをお渡ししますので、参考にしてください。」

 櫻子の指示で、茜とあと二人、合わせて三人の一年生が、樹里と一緒に練習場へ戻っていくと、櫻子は残った一年生を集め、マシンの使い方と注意点の説明を始めた。それが終わり、麻衣子を含む一年生全員がマシンを使ったエクササイズを始めると、櫻子はトレーニングルームを巡回して、それぞれの部員に穏やかな笑顔を向けて、細かい指示を与えて回った。

 エクササイズを始めてから一時間ほどが経過し、櫻子から再び集合が掛かった頃には、麻衣子の身体は心地良い汗で一杯になっていた。久しぶりにいい汗をかいた、と麻衣子は思った。全員が櫻子の周りに集まると、櫻子は、大きく息をしている一年生たちの顔を見回した。

「じゃ、みんな練習場に戻って、他の人たちが練習している様子を見学してください。あと、麻衣子さんは、申し訳ないんだけど、ここに残って、私のお手伝いをしてもらえないかしら。」

 全員が元気良く返事をすると、一年生の部員たちは、タオルで汗を拭いながら、練習場へと戻っていった。その様子を見送ると、櫻子と麻衣子は、近くにあった椅子に並んで腰を下ろし、体力測定の結果を記入した用紙を収めてあるバインダーを前にして、あれこれと追加項目を記入していった。

 麻衣子は、ときおりバインダーから目を離し、熱心に一年生の練習メニューの作成を進めていく櫻子の姿を眺めた。照明を受けてキラキラと輝く長い黒髪、きめ細かい肌の艶、常に柔らかい微笑をたたえた表情、いかにも形の良さそうな大きな胸の膨らみ。間近に見える櫻子は、どれを取っても、うっとりするほど美しかった。




Scene. 12



「ねえねえ、樹里先輩も、今日の茜ちゃんと同じような、ちょっとエッチな格好になったの?」

「それがさぁ、樹里先輩、何か用事があったみたいで、十五分ぐらいしたら居なくなっちゃったんだよね。ボクも樹里先輩のダァーイナマイトバディーを拝めるんじゃないかって、実は少し期待してたんだけど。」

「そう。残念だったね。…… そう言えば、櫻子先輩もポロシャツ着てるときしか見てないし、……」

「樹里先輩がきっちり身体のラインを出している姿は、試合のとき何回か見てるんだけど、間近で、っていうわけじゃなかったからね。櫻子先輩の、98-49-89の身体も、一度ナマで見てみたいなぁ。まあ、自分の身体に自信なくしちゃうかもしれないけどね。……」

 初めてレスリング部の活動に参加した日、麻衣子と茜が一緒に体育館を出ると、もうすっかり陽は落ち、一面に星空が広がっていた。二人は、辺りを照らしている街燈の光を頼りに、寮へ向かう道を歩いていた。

 茜の寮より園舎から近い側にある、麻衣子の寮の建物の前まで来ると、茜は麻衣子に話し掛けるのをやめた。麻衣子が、「また明日ね。」と言おうとすると、麻衣子は、茜が寮の入口の明かりに照らされた麻衣子の顔をじっと見つめているのに気付いた。茜は、少しの間、黙っていたが、やがて口を開いた。

「…… ねえ、麻衣ちゃん。今日は、お別れのキスは要らないの?」

「えっ?………… えへへへ、…… 要る。……」

 麻衣子がそう答えると、茜は嬉しそうに、にっこりと微笑んだ。二人は、どちらからともなく、二人が昨日くちづけを交わした場所へと相手を誘った。そして、薄暗がりの中で身体を寄り添わせると、お互いに少し切なそうな表情を相手に向けたあと、ゆっくりと顔を近づけ、唇を重ね合わせた。

 茜の柔らかい唇を感じていると、麻衣子の中に、茜の存在がどんどん入り込んできた。偶然の出会い、喫茶室での会話、初めてのキス、ロッカールームで見た魅力的な身体、体力測定の後に見せたガッツポーズ、…… そして、二度目のキス、…… 麻衣子には、何もかもが素敵に思えた。無意識のうちに、茜の身体を引き寄せている麻衣子の腕には力が込められていた。それを感じ取った茜も、麻衣子を強く抱いた。

 二人は、前の日よりもずっと長い間、唇を重ね合わせていた。やがて、二人の顔は離れたが、茜は麻衣子の身体に回した腕を解こうとはせず、再び麻衣子の身体をぐっと抱き寄せ、麻衣子の肩の上に顔を乗せて、耳元で囁いた。

「…… 麻衣ちゃん。…… ボクたち、樹里先輩と櫻子先輩みたいな関係になっちゃうのかな。……」

 麻衣子は、茜にすっかり心を奪われてしまっていた。昨日までは、女の子同士がキスしたり、抱き合ったりすることなど、いけないことだと考えていた麻衣子だったが、今はずっとこうしていたい、茜のそばで、茜を感じていたい、麻衣子はそう思うようになっていた。

「…… 私は、…… それでもいいよ。………… 私、茜ちゃんのことが好き。……」

「…… ボクも、麻衣ちゃんのことが大好きだよ。…… ね、もう一回キスしよう。……」

「うん。」

 麻衣子と茜は再び唇を重ね合わせた。茜は麻衣子の腋に入れていた腕を右腕を抜いて、麻衣子の頭を強く抱き寄せた。何度かぎこちなく顔を動かしながら、二人は限りなく甘美な感触に酔いしれていた。




Scene. 13



 その次の日、レスリング部は、部としての活動はお休みだったが、トレーニングルームのマシンを早く使ってみたいと思っていた麻衣子と茜は、授業が終わった後に待ち合わせをし、二人で体育館に赴いた。ロッカールームで、麻衣子は茜に、「以前使っていたペアウエアなんだけど、良かったら使ってね。」と、オレンジ色のペアウエアを渡されたので、それに着替え、二人は連れ立ってトレーニングルームへと足を運んだ。

 麻衣子と茜は、前日に渡されたメニューに沿って、一時間ほどエクササイズに励んだあと、大きなタオルを手に、近くのベンチに並んで腰を下ろした。茜から渡されたペアウエアは、前日茜が身につけていたものと同じスタイルのもので、少し露出が多いのを気にしていた麻衣子だったが、もうそれも頭から離れてしまっていた。二人はタオルで汗を拭い、リラックスして、他愛のないおしゃべりに興じていた。

 背後から、「こんにちは。」と声がしたので、二人が声の主の方に振り向くと、そこには、白のトップス、黒のショートスパッツという揃いのコスチュームに身を包んだ、樹里と櫻子の姿があった。櫻子は樹里の腰に腕を回し、樹里は櫻子の肩に手を掛けて、新入園生に柔らかい笑顔を向け、寄り添うように立っていた。櫻子が、振り向いた麻衣子と茜に、「頑張ってるわね。」と声を掛けても、麻衣子も茜も声を返せなくなってしまっていた。初めて見る樹里と櫻子のトレーニングウエア姿は、麻衣子にとっても、茜にとっても、まさに「衝撃」だった。

 国内トップクラスのアスリートである樹里の肉体は、無駄なく綺麗に引き締まっていて、ばんと張った形のいい乳房は、胸を張ったらトップスからこぼれ出てしまうのではないかと思えるほど大きかった。櫻子の身体も、噂されているスリーサイズがまぎれもない真実であることを物語っているだけでなく、太股や肩から二の腕にかけてなど、肝心なところには程良く筋肉がついていた。

 茜が何とか、「は、はい、ありがとうございます。」と声に出して頭を下げると、櫻子はにっこりと微笑み、「じゃ、私たちは、向こうで少し筋トレしてくるわね。」と言い残し、樹里と一緒に麻衣子たちの前を離れていった。楽しそうにおしゃべりを始めた樹里と櫻子の後ろ姿を眺めながら、麻衣子は「すごいなぁ。……」と洩らし、深いため息をついた。


 さらに二時間ほどが経ち、エアロバイクの座席から降りた麻衣子は、全身にしっぽりと汗をかき、心地良い疲れを感じていた。麻衣子は、すでにマシンから降り、麻衣子のそばで汗を拭っている茜に声を掛けた。

「ああ、気持ち良かった。…… ね、茜ちゃん、今日はもう終わりにする?」

「うん。じゃ、着替えの前に、樹里先輩たちに挨拶してこようか。」

「あ、そうだね。」

 麻衣子も近くに置いてあったタオルで汗を拭い始めた。茜は辺りを見回し、樹里たちの姿を探していたが、ほどなく、少し離れた場所に、白のトップス、黒のスパッツの二人連れの姿を見つけることができたので、二人はその方に向かって歩き出した。

 麻衣子と茜が、背筋を伸ばしてベンチに腰を下ろしている櫻子のそばまでやってくると、櫻子は自分たちの方に向かって歩いてくる新入園生の姿に気付き、にっこりと微笑んで会釈をした。麻衣子は少しだけ、顔を赤らめてしまった。櫻子の白いトップスは、汗でぴったりと身体に張り付いていて、まあるい大きな膨らみの上に、桃色の乳首がわずかに透けて見えてしまっていた。




Scene. 14



「すみません。私たち、お先に失礼いたします。」

「あ、私たちももう終わるわ。じゃ、一緒に上がりましょうか。」

「あ、そうでしたか。じゃ、それまで待ってます。」

 茜と櫻子がこんなやりとりをしていると、樹里がチェストアップマシンのシートから降りてきた。樹里は櫻子に手渡されたタオルを受け取ると、櫻子と軽くキスを交わした。そのタオルで汗を拭い始めながら、樹里は茜に話しかけてきた。

「ねえ、茜さん。せっかくだから、スパーリングしてみない?」

「ええっ?…… でも、私と樹里先輩とじゃ、大人と子供以上の開きがありますよ。お気遣いいただくのはありがたいんですけど、多分、まるで相手にならないと思いますよ。」

「あははは。私とじゃなくて、櫻子とだよ。」

 櫻子はレスリング部のマネージャーをしているだけだと思っていたので、麻衣子も茜も、樹里の申し出にとても驚いた。櫻子は相変らず、満面に微笑をたたえた顔を、二人の新入園生に向けていた。樹里は表情を崩し、言葉を続けた。

「さっき、茜さんたちの練習に立ち会ってた四年生と少し話をしたんだ。私は昨日、用事があって途中で席を外してしまったので、茜さんの実力はまだ良くわからないんだけど、彼女の話を聞いてると、どうやら櫻子と茜さんの実力は同じぐらいじゃないのかな、って思えたんだ。体格的にもそれほど変わらないし、いい勝負なんじゃないかな。」

「櫻子先輩、…… 実技もやってるんですか?……」

「ええ。私は、樹里みたいに、試合に出るために練習してるんじゃないんだけど、身体はそれなりに鍛えてるし、実技の方も樹里にしょっちゅう教えてもらってるから、こう見えても捨てたもんじゃないわよ。」

「そうだったんですか。…… あ、今からですよね。やります、やります。勿論、やりますよ。…… 櫻子先輩とスパーリングできるのかぁ。…… えへへ、何か嬉しいなぁ。……」

「おっ、やる気になったみたいだね。じゃ、さっそく練習場で、お手並みを拝見させていただくことにしようかな。…… あ、そう言えば、今日は活動日じゃないから、練習場、締まってるかも知れないな。」

「それだったら、さっき三年生の娘が私に渡してくれたから、私が練習場の鍵を預かってるわ。」

 櫻子がそう言って、タグのついた鍵を手に取ったので、四人はそれぞれ学年通りのペアになって、トレーニングルームから練習場へと向かった。麻衣子はそれまで、レスリングの試合や、スパーリングの風景を一度も見たことがなかったので、練習場への道すがら、麻衣子は好奇心に胸を膨らませていた。そんな麻衣子の耳に、目の前を寄り添いながら歩いていく樹里と櫻子の会話が聞こえてきた。

「櫻子が茜さんに負けたら、しばらくキスはおあずけにしようかな。」

「えーっ?…… じゃあ、負けられないわね。頑張らなくっちゃ。」




Scene. 15



 練習場の鍵を開けて、照明のスイッチを入れた櫻子を先頭にして、四人は練習場の中に入った。茜はすでにやる気満々になっていると見えて、すぐに簡単なストレッチを始めたので、それを見ていた櫻子も首や手首、足首などを動かし始めた。練習場のマットの隅にぺたりと腰を下ろしていた麻衣子には、スパーリングに臨む二人の姿が、とても魅力的に映っていた。やがて、ストレッチを終えた茜が円形に引かれたラインの内側に入ると、ほどなく櫻子も白いラインを跨いだ。

「時間は特に決めないけど、一応、試合形式にしようか。私がレフェリーってことでいいよね。」

 樹里がそう言って、マットの真ん中で向かい合っている茜と櫻子のそばに近づいていくと、小さく頷いた櫻子は、茜に向かって右手を差し出したので、茜も右腕を伸ばしてその手を軽く掴んだ。短い握手を終えると、茜も櫻子も前屈みの構えを取り、ぐっと腰を落とした。

 何度かフェイントをかけたあと、茜は櫻子に片足タックルを仕掛けた。櫻子は茜の両腕に抱えられた右足を素早く引き、茜の腕を振り払おうとしたが、茜がうまく体重を移動し、身体を櫻子に預けたので、櫻子は素早くマットの上にうつ伏せになり、両腕を広げて伸ばし、がっちりと防御体勢を固めた。完全に櫻子のバックを取った茜は、櫻子の背中に身体を密着させて、両脚を櫻子の右脚に絡めたまま、櫻子の首回りや胴のあたりから、盛んに腕を捩じ込もうとしていた。

 茜が櫻子を攻めあぐねていると、樹里がストップを掛けたので、茜は櫻子に絡めていた脚を解き、櫻子の背中に両手をついて立ち上がった。茜が自分の身体の上から離れると、櫻子も立ち上がった。

「危ない、危ない。ちょっと油断しちゃったわね。…… 茜さん、なかなかやるじゃない。」

 櫻子にそう言われると、茜は嬉しそうに瞳を輝かせ、マットの中央に戻った。櫻子もすぐにマットの真ん中に戻り、再びぐっと腰を低くした。

 麻衣子は不思議な感覚に囚われていた。櫻子に向けられた茜のタックル、そしてうつ伏せになっている櫻子に絡められた茜の腕や脚が、自分の身体に絡みついていく様子が、一瞬だけ麻衣子の脳裏を横切った。身体の昂ぶりを感じた麻衣子は、少しだけ股を閉じ、唾を呑みこんだ。

 茜はもう一度、櫻子にタックルを仕掛けていったが、今度は、茜が櫻子の脚を引き寄せる前に、櫻子が素早く両足を後ろに伸ばし、茜のタックルを切ってしまったので、茜は両腕を伸ばして、ぴったりとマットに這わし、櫻子の身体の下で防御を固めた。櫻子も少し前の茜と同じように、茜の身体の下に腕を捩じ入れようとしたものの、樹里がストップを掛けるまで、それ以上に茜を攻めることができなかった。

 しばらくすると、櫻子の両足タックルが見事に決まり、防御体勢を取り遅れた茜の上半身がマットの上で横向きになった。櫻子は素早く茜の左脚を両脚で挟み込み、がっちりとホールドすると、茜の上半身を返しに掛かった。茜は必死に身体を捩り、「あっ、… くぅっ、…」と声を上げながらこれに抵抗したが、櫻子に一瞬の隙を突かれ、ぴったりと上半身の前面同士を合わされてしまった。少しの間だけ、ブリッジで耐え凌いでいたものの、ついに茜の両肩がマットにつき、樹里がフォールを宣言した。

 傍でこのスパーリングを眺めている麻衣子は、自分の身体が徐々に興奮していくことを感じ取っていた。マットや相手の身体に押し付けられて歪む乳房、相手の身体に絡められた腕や脚、二人の荒い息遣いや力を込める声、そのすべてが、麻衣子の身体をどんどん昂ぶらせていった。そして、茜がフォールされた瞬間、麻衣子は、「あん」と小さな声を洩らしてしまった。麻衣子の下半身からは、熱い蜜が洩れ出してしまっていた。




Scene. 16



 樹里がフォールを宣言したあと、櫻子と茜は、櫻子が茜をフォールした体勢のまま、身体の力を抜き、ゆっくりと大きな呼吸を繰り返した。二人のその姿は、麻衣子には、ベッドの上で愛し合った後のようにすら見えた。麻衣子は必死に身体の昂ぶりを抑えていたが、それでもまた一滴、麻衣子の身体から熱い雫がこぼれ出た。

 櫻子は茜のお腹の辺りに両手をついて立ち上がったが、茜はマットの上に仰向けになったまま、しばらくの間、両手を投げ出していた。やがて茜も背中を起こし、マットについた両手で身体を支えて、嬉しそうな表情を茜に向けている櫻子の顔を見上げた。

「あーん、…… 負けちゃったぁ。…… 櫻子先輩、強いんですね。…… 悔しいなぁ。ね、櫻子先輩、また勝負してくださいよ。今度は絶対、絶対勝ちますから。……」

「いいわよ。…… でも、もうちょっと上達しないとね。まだまだ私には勝てないわよ。」

「はい。練習します。練習して、今度は、櫻子先輩をきっちりフォールして見せますよ。」

「うふふ。楽しみにしてるわ。頑張ってね。…… じゃ、今日は、もう終わりにしましょ。」

 櫻子がそう言って樹里に寄り添ったので、麻衣子は何とか平静を装って、腰を下ろしていたマットの上で立ち上がり、茜にタオルを手渡した。そして四人は、再び学年通りのペアになって、練習場を離れ、ロッカールームの隣りにあるシャワールームへと向かった。


 樹里たちとお別れの挨拶を終え、体育館を後にした麻衣子と茜は、前の日と同じように、連れ立って寮へ戻っていった。茜は、櫻子とスパーリングできたことで少し興奮したらしく、寮へ戻る途中、レスリングの実技論を麻衣子に説いていた。寮が近づいてくる頃には、茜の話はますます白熱し、ときおり麻衣子の腕を掴んだり、麻衣子の腰や太股の辺りに触れたりしながら、どうやって相手を倒すか、どうやってそれに対処するのかを、麻衣子に熱く語るまでになっていた。

 茜にレスリングの話を聞き、茜に身体に触れられることで、麻衣子の身体は再び昂ぶり始めた。茜の話に生返事を返す一方で、麻衣子の頭の中は、茜に身体を掻き回されるという妄想で一杯になってしまっていた。

 お別れのキスの場所まで辿り着くと、麻衣子は茜に抱きつき、茜の唇にむしゃぶりついた。積極的に唇を求めてくる麻衣子を、茜は柔らかく受け止めた。麻衣子は、心も身体も爆発寸前になっていた。麻衣子には、茜をきつく抱き締め、茜の唇に、茜との熱いくちづけに縋りつくしか、己の欲情を抑える手立てが残っていなかった。

 長いキスが終わり、自分と茜の身体が離れるまでに、麻衣子は、茜に身体を抱いて欲しいという強い衝動に、何度も囚われた。「茜ちゃん、私を抱いて」、麻衣子は、口に出してそう言いたかった。しかし、茜にふしだらな娘だと思われたくない、茜に嫌われたくないという最後の自制心が、麻衣子にそれを思いとどまらせていた。

 やがて茜は、二歩、三歩と自分の寮の方へと歩き出した。茜が満面に笑みを浮かべて手を振ると、麻衣子も笑顔を取り繕って茜に向け、小さく手を振り返した。茜の姿が見えなくなると、麻衣子は寮の自室に戻り、後ろ手にドアを閉め、小さな玄関口に靴を放り出した。そして、よろよろと部屋の真ん中にあるテーブルの近くまで歩き、肩に掛けていたバッグを床に下ろすと、麻衣子はその場にへたり込んでしまった。

 身体が熱い。…… 身体が疼く。……

 茜ちゃん。………………




Scene. 17



 しばらくの間、床に両手をついて呼吸を整えていた麻衣子は、そばに置いてあったバッグを掴んで、何冊かの教科書とノートを取り出し、テーフルの上に広げ、入園後、初めて出された宿題に取り掛かった。宿題の量はそれほどでもなく、麻衣子は二、三十分で終わると思っていた。が、麻衣子が手にしたシャープペンシルの先は、なかなか思うように動いてはくれなかった。麻衣子が少しでも思考を止めると、すぐに茜の面影が入り込んできた。

 茜ちゃんに抱かれたい。……

 麻衣子が何とか宿題を終えたときには、すでに午後十時を大きく過ぎていた。麻衣子は大きな溜息を一つ洩らし、バッグの中身を翌日の授業用に入れ替えると、パジャマの代わりに使っている、お気に入りのTシャツとスウェットパンツに着替え始めた。脱ぎ去ろうとしていたブラが乳首と擦れると、麻衣子は、「あん」と声を上げてしまった。麻衣子の乳首はすでに固くしこり、そんなわずかな刺激にも反応してしまうほど、麻衣子の身体は敏感になっていた。

 身体の火照りを自覚したまま、麻衣子はベッドの上に横になった。麻衣子が掛け布団を両手で抱きかかえ、布団の端が麻衣子の頬に触れると、麻衣子はその中に頬を埋めた。布団の柔らかさは、麻衣子に茜の頬擦りを思い起こさせた。

 やがて麻衣子は、綿のTシャツの上から、自分の胸の膨らみに手を当ててみた。指が薄い布越しに乳首に触れると、痺れにも似た衝動が麻衣子の身体を走った。下半身に疼きを感じた麻衣子が、スウェットパンツの中に空いていた右手を差し入れ、濡れたショーツの上から指を押し付けると、桃色の襞の奥に隠れている蕾にわずかな刺激を与えただけで、甘酸っぱい快感が麻衣子の身体中に撒き散らされた。そして、麻衣子の口から、これほどまでに自分を焦がしている娘の名前が洩れた。

「…… 茜ちゃん。………… 茜ちゃん。……」

 もう麻衣子は、自分の身体から指を離すことができなくなっていた。左手の掌は乳房に軽く押し付けられ、柔らかい膨らみの上で艶かしく動いた。立てられた中指で乳首を刺激すると、麻衣子は我慢できずに小さな喘ぎ声を上げた。疼きの源の近くを這っている右手の指も、麻衣子のショーツについている濡れ跡が広がる手助けをするばかりだった。

 自分の身体を慰めるなんて、淫らな女のすること、そんな麻衣子の理性は、どこかへ吹き飛んでしまっていた。じっとりと汗ばんだ麻衣子の身体は、とめどなく湧き上がってくる欲情の波に呑み込まれてしまっていた。そして、その波は、あと少しで最高の悦びがやって来るよ、と麻衣子に囁きかけた。

「茜ちゃん!」

 本能の囁きに従った麻衣子がそう叫び、濡れそぼったショーツの上から、じんじんと疼く蕾を強くこねると、麻衣子の頭の中でオレンジ色の大きな火花が散った。ほんの数秒かの後、全身から力が抜け、麻衣子は押し寄せていた疼きから開放された。麻衣子の意識は、火花が残した靄で白く濁っていた。

 初めての経験。麻衣子は、生まれて初めて、頂点を味わった。




Scene. 18



 翌日、授業を終えた麻衣子は、レスリング部の活動に参加するために、体育館の練習場に向かった。活動に先立ち、練習場に部員全員が揃って礼をする前に少しだけ茜と話をしたとき、さすがに前の夜のこともあって、麻衣子は、なかなか面と向かって茜の顔を見ることができなかった。気恥ずかしさに顔を赤らめる麻衣子を見て、茜は不思議そうな顔を麻衣子に向けた。

 そのあと、麻衣子はレスリングの経験者である茜とは別行動になった。麻衣子はレスリング未経験者の一年生グループに混じり、櫻子に指導を受けながら、トレーニングルームでのエクササイズに大半の時間を費やした。何となく茜のことが気になっていた麻衣子だったが、一時間、二時間と汗を流していくうちに、そんなことも忘れてしまった。

 部の活動が終わると、麻衣子は茜と一緒に、楽しくおしゃべりをしながら寮へ戻っていった。もちろん、麻衣子は前の夜のことを茜に話すことはなかった。茜に抱いてもらいたいと思っていることは、内緒にしておけばいい。今は茜のそばに居ることができれば、そして、毎日お別れのキスをしてもらうことができれば、それでいい。茜の無邪気な笑顔を見つめながら、麻衣子はそう思っていた。

 二人が寮の入口のそばを曲がってお別れのキスの場所に着き、麻衣子が茜に身体を摺り寄せようとすると、茜は何かを思い出したような顔をした。

「あ、そうだ。麻衣ちゃんにはまだ話してなかったよね。ボク、明日、レスリング部の活動に出られないし、すごく残念だけど、麻衣ちゃんにも会えないと思うんだ。」

「えっ、どうして?」

「あさっての土曜日に親戚の結婚式があるんで、実家へ帰るんだよ。それで、明日、授業が終わったら、すぐにこっちを離れなければいけないんだ。」

 週末を茜と一緒に過ごせるかも知れないと思っていた麻衣子は、目を伏せ、落胆した表情を顔に出した。

「そうだったんだ。…… ねえ、茜ちゃん、いつ帰ってくるの?」

「うーん、日曜日の夜になっちゃうね。……」

「そう。……」

「…… あ、でも、寮の門限の時間までには必ず帰ってくる。こっちに着いたら、必ず麻衣ちゃんに電話するよ。ちゃあんとお土産も買ってくるから、それまで待っててね。…… ね、麻衣ちゃん。」

 次に茜と会えるのは三日後の夜、そう思うだけで麻衣子はとても悲しい気分になった。麻衣子が気を取り直して、茜に笑顔を向けるまでには、少しだけ時間が掛かった。

「うん。わかった。…… じゃ、三日分のキス。」

 麻衣子が目を閉じて、少し唇を突き出すようにした顔を向けたので、茜は表情を崩し、息を吐き出した。そして麻衣子の身体を優しく抱き締め、唇をゆっくりと麻衣子の顔に近づけて、桃色の唇を覆った。


 麻衣子が茜と別れて寮に戻り、簡単な宿題を終えてベッドの上に横になると、また切ない疼きが麻衣子を包み込んだ。麻衣子の両手の指は、自然に前の夜と同じ場所へと伸びた。柔らかい布団の中に身を埋めた麻衣子は、十八歳になったばかりの身体を昂ぶらせ、小さな喘ぎ声を上げながら、快楽の淵を彷徨った。

 茜と会えない三日間は、麻衣子にとって、思っていた以上に長かった。次の夜も、その次の夜も、麻衣子はベッドの上で火照る身体を慰めた。




Scene. 19



 麻衣子は手にしていた文庫本のページに落としていた視線を、ベッドの脇に置いてあるデジタル時計に向けた。寮の門限の時間まで、あと一時間とちょっと。茜からの連絡は、まだなかった。麻衣子は、部屋の隅にある電話器を恨めしそうに見つめ、大きな溜息をついたあと、再び文庫本のページへと視線を戻した。何行か読み進んだものの、文庫本に書かれていた内容は、麻衣子の頭の中に入って来なかった。

 茜との、三日間のお別れが終わる、日曜日の夜。陽が落ち、夜が深まっていくに連れて、麻衣子の心は、「もうすぐ茜ちゃんに会える」という期待に満ち溢れてきた。が、デジタル時計の一番左側にある数字が「8」から「9」に変わる頃になると、麻衣子の心は揺らぎ始めた。もしかすると、茜は門限までに寮に戻れないのかも知れない。今夜も茜に会えないかも知れない。そんな疑念が浮かぶと、それはたちまち麻衣子の中で大きく膨らんだ。

 もし、今夜も茜に会えなかったら、また一人寂しく、火照る身体を慰めなければならない。……

 麻衣子はその考えを振り払おうとしたが、麻衣子が努力すればするほど、逆に麻衣子の身体は疼き出した。麻衣子の指は、乳房へ、下半身へと動きかけたが、麻衣子は必死にその衝動を押さえ込んだ。そんな淫らな身体で、茜に会うわけにはいかない。どんなに辛くても、それだけは我慢しなければいけない。麻衣子は文庫本を閉じて、部屋の真ん中にあるテーブルの上に突っ伏した。

 しばらくたって、麻衣子がテーブルの上に伏せていた顔を上げ、デジタル時計に目を遣ると、大き目の数字になっていた三つの桁が一斉に「0」に変わり、三つの「0」の左側に、新しく「1」の数字が表示された。寮の門限である午後十一時まで、あと一時間。再び顔を伏せた麻衣子の口から、「茜ちゃん。……」という言葉が洩れた。閉じられた麻衣子の目は、涙で滲み始めた。

 不意に電話の呼び出し音が鳴ると、麻衣子は撥ねるように身体を起こした。一瞬でも遅れたら、この呼び出し音が途切れてしまうかも知れない。麻衣子は飛びつくように受話器を掴み、耳に当てた。「茜ちゃん!」と叫びだしそうになった麻衣子だったが、何とかそれは思いとどまった。

「はい、白石です。」

「あ、麻衣ちゃんだね。…… ボクだよ。茜だよ。…… 今、やっと寮に着いた。……」

「茜ちゃん。……」

 寮の階段を駆け上がってきたらしく、茜は言葉の合間には、荒い息遣いが混じっていた。茜が寮に戻ったことを知った麻衣子は、思わず茜の名を呼んだ。

「茜ちゃん、今から、…… 今すぐに会えるんでしょう?」

「うん。大丈夫。今から、すぐに麻衣ちゃんの部屋に行くよ。お土産持ってくから待っててね。」

 茜との短い通話が終わり、受話器を元に戻すと、麻衣子は再びテーブルのそばに腰を下ろした。あと少しで、茜に会える。麻衣子の心は、茜と会える喜びに打ち震えていた。

 こんな状態で茜に会って、抱いてもらいたいという衝動を抑えることができるだろうか。麻衣子がふとそんな考えに囚われると、忘れかけていた疼きが大きなうねりとなって、麻衣子に襲い掛かってきた。麻衣子は、自分の身体が汗ばみ、体温が上昇していくのを感じた。

 麻衣子の身体もまた、茜を強く求めていた。




Scene. 20



 麻衣子の部屋の小さな玄関でチャイムの音が鳴った。麻衣子は伏せていた顔を上げ、テーブルのそばの床に座り込んだまま、数秒だけ玄関のドアを見つめたあと、チャイムの音がした場所へ走り出した。麻衣子には、玄関のドアを開けるまで、チャイムの音に返事をする余裕も、ドアスコープを覗いて、来訪者が誰なのかを確認する余裕もなかった。

 ドアの向こうから返事がなかったので、茜は、「麻衣ちゃん、茜だよ。」と言おうとした。が、その前にドアノブが回る音がしたので、茜は一歩だけ後ろに下がり、自分のためにドアが開かれるのを待った。ほどなく押し開かれたドアの隙間から、茜は顔だけを出して、目の前に居る麻衣子に向かって、「えへ。」と声を出して微笑んだ。茜の顔を見た麻衣子が少し泣き顔になると、茜は不思議そうな顔をして、「麻衣ちゃん、中に入ってもいい?」と声を掛けた。麻衣子は慌てて笑顔を繕い、頷いた。

 茜が玄関のドアを閉めて、手にしていたお土産入りの紙袋を床に置き、靴を脱ごうとして屈む前に、麻衣子は茜に抱きつき、茜の唇に覆い被さってきた。何も言わず、ただただ唇を求める麻衣子に応えるように、茜も麻衣子を抱き締め、麻衣子の唇を求め返した。長い長い再会のキスが終わると、麻衣子は少し辛そうに茜から腕を解いた。そして、思い出したように、「あ、今飲み物を入れるね。紅茶でいい?」と茜に声を掛けた。

 飲み物の注文を麻衣子に告げた茜は、小さな玄関で靴を脱ぎ、それをきれいに揃えると、「お邪魔しまーす。」と一声掛けて、麻衣子の部屋の中に入ってきた。茜は部屋の真ん中にあるテーブルの脇に腰を下ろし、初めて足を踏み入れた麻衣子の部屋の中を眺め回していたが、やがて、電気ポットからセラミックのティーポットに湯を注いでいる麻衣子へと視線を移した。しばらくの間、麻衣子の様子を見つめていた茜の目には、麻衣子が少しばかり元気を失っているように見えた。

 小さなトレイの上にティーカップを二つ乗せ、動きだけは愛しい来訪者をもてなす準備をしていた麻衣子だったが、内面は茜への想いではち切れんばかりになっていた。今、この部屋に居るのは、自分と茜の二人だけ。そう思うと、麻衣子の小さな心臓の鼓動は大きくなり、抑えている身体の疼きも大きくなってきた。少し震える手で携えたトレイをテーブルの上に置くと、麻衣子も茜の傍らに腰を下ろした。麻衣子の胸は、ますます高鳴った。

 茜は麻衣子に礼を言い、実家に帰っていたときの土産話を始めようとしたが、間近に見える麻衣子の表情は、どう見ても再会を喜んでいるようには見えなかった。茜は、麻衣子の肩に軽く手を置いて、少し俯いている麻衣子の顔を覗き込んだ。

「麻衣ちゃん、どうしたの?…… あ、ひょっとして、ボクと会えなかったのが辛かったのかな?」

 茜が冗談半分に言ったこの一言で、麻衣子の中のスイッチは、かろうじて残っていたものも、すべてオンになってしまった。

 茜と会えなかったのは辛かった。……
 たった三日間だけだったけど、本当に辛かった。……

 夜な夜な、自分を慰めなければならないほど辛かった。……


 麻衣子の心と身体、すべてが真っ直ぐに茜を求め始めた。




Scene. 21



「茜ちゃん。……」

 麻衣子は、茜に縋るような眼差しを向けた。麻衣子の目から、一筋、また一筋、涙が流れ落ちた。麻衣子が、これからとても大切なことを自分に告げようとしている、茜はそう感じ、麻衣子の顔をじっと見つめた。震える口元から洩れ出してくる麻衣子の言葉は、途切れ途切れになってしまっていた。

「…… 私、茜ちゃんのことを考えるだけで、身体が言うことを聞かなくなっちゃってるの。…… 茜ちゃんが、櫻子先輩と練習試合してるのを見たときから、ずっとそうなの。……」

 麻衣子は、いきなり茜の右手の手首を掴み、その掌を自分の左の乳房に押し当てた。そして、空いている左手で茜の手の甲を包み込み、さらに茜の掌を自分の胸に強く押し付け、俯いた。茜は麻衣子の行動に驚き、「麻衣ちゃん、……」と言ったきり、言葉を失った。身体を丸めて、茜の掌の感触を噛みしめている麻衣子は、とても辛そうに声を絞り出した。

「…… 茜ちゃんに、こうやって、私のおっぱいを愛してもらいたい。…… 茜ちゃんに、女の子の大事なところも、いっぱい愛してもらいたい。…… 私、茜ちゃんのことを想って、…… 昨日も、…… その前の夜も、…… 一人で、エッチなことまでしてたんだよ。…… 茜ちゃん、…… 私、…… もう、キスだけじゃだめなの。…… もう、我慢できないの。……」

「…………」

「…… 茜ちゃん、お願い。………… 私を抱いて。…………」

 とうとう、口に出してはいけないことを言ってしまった。わずかな理性だけが抑えとどめていた最後の言葉も、口に出してしまった。…… 麻衣子はそのまま、茜の胸の中に顔を埋め、泣き崩れた。

「…… 麻衣ちゃん、……」

 茜は、やっと言葉を口にした。麻衣子が、自分のことを想いながら身体を慰めていたことを告白するほど追い詰められ、自分に縋り付こうとしている。そう思うと、茜は居たたまれなくなった。自分の掌をきつく胸に押し当てて、泣き声を上げる麻衣子の姿は、たまらなく愛おしくもあり、そして哀れでもあった。茜は麻衣子の頭を優しく抱え込んだ。

「…… ごめんね、麻衣ちゃん。…… ボクのこと、そんなに想っててくれてたんだね。……」

 相変らず泣き声を上げている麻衣子が、茜の胸の中で小さく頷くと、茜の目にも光るものが溢れ出てきた。二人は身体を寄り添い合わせ、お互いに精一杯の「愛してる」を、心の中で伝え合った。

「…… わかったよ、麻衣ちゃん。…… ベッドの上で、してあげる。…… だから、もう泣かないで。……」

 茜がそう語り掛けると、麻衣子はもう一度小さく頷き、茜の手を離して、両手で涙を拭った。茜も右手の甲で涙を拭うと、シャボン玉を扱うように麻衣子の身体を優しく持ち上げた。二人は立ち上がり、一歩一歩、部屋の隅にあるベッドに近づいた。

 ようやくベッドの上に腰を下ろした麻衣子の唇に、茜は軽くキスした。そして麻衣子の唇を覆ったまま、茜は麻衣子の乳房の上にそっと手を置いて、ゆっくりと麻衣子の身体を押し倒していった。麻衣子は、ベッドの上に身を横たえ、すべてを受け入れるように、全身の力を抜いた。




Scene. 22



 茜は麻衣子の唇を覆ったまま、優しく麻衣子の乳房をさすり続けていたが、やがて麻衣子の唇から顔を離すと、「麻衣ちゃん、嫌だったらそう言ってね。」と声を掛けて身体を起こし、麻衣子が身につけている薄いピンクのシャツの裾をゆっくりとたくし上げていった。桜の花びらの刺繍がしてある麻衣子の白いブラがあらわになると、茜はそのブラの下端にも手を掛け、麻衣子の首のあたりに引き上げられているピンクのシャツの方へ持ち上げた。ブラの下端が麻衣子の胸の膨らみを通り過ぎるとき、乳房がぷるんと揺れると、麻衣子は、「あぁ ……」と小さな声を洩らした。

「麻衣ちゃんのおっぱい、すごく綺麗だよ。……」

 茜が目の前にさらけ出された麻衣子の白い大きな乳房の上に右手を置き、しこった桃色の乳首を中指と薬指の間に挟んで、優しく麻衣子の乳房を揉みしだくと、麻衣子はその感触に浸るように、ゆっくりと大きな呼吸を繰り返した。茜は麻衣子の唇や頬に、何度もキスした。茜の耳に聞こえてくる麻衣子の息遣いは、だんだんと激しくなってきた。やがて茜が、麻衣子の右の乳房を愛撫しながら、左の乳房に舌を這わせ始めると、麻衣子の息遣いの中に、喘ぎ声が混ざり始めた。茜が小ぶりな桃色の乳首を口に含み、それを舌先で弄び始めると、麻衣子はたまらずにぴくんと身を震わせ、「んあぁん」と声を上げた。

 麻衣子の頬が紅潮し、全身にほんのり赤味がさしてきたとき、茜の左手が麻衣子のスウェットパンツの中に入り込んだ。茜の指先が麻衣子のショーツの潤みに触れると、麻衣子は少しだけ股をすぼめた。

「麻衣ちゃん、…… もうこんなに濡れちゃってるんだ。……」

 茜は、麻衣子のスウェットパンツに指を掛け、麻衣子の膝の近くまで引き下ろした。ブラと同じ、桜の花びらが刺繍された麻衣子の白いショーツには、はっきりとわかる濡れ跡が残っていた。やがて茜の指がショーツ越しに麻衣子の花弁の中に入り込み、ゆっくりと麻衣子の蕾を刺激すると、もう麻衣子は喘ぎ声を我慢することができなくなった。乳首から直接伝わってくる茜の舌先の感触も、麻衣子を急速に昂ぶらせていった。自分のものでない、茜の指先で、茜の舌ざわりで頂点を迎えることができる。そう感じた麻衣子は、一層呼吸を荒らげ、身を捩った。

 麻衣子に頂点が近づいてきた。茜の舌先は優しく麻衣子の乳首を刺激し続けていた。麻衣子のもう一つの乳房も、茜の手によって愛され続けていた。麻衣子のショーツの濡れ跡はますます大きくなり、その中の唇はショーツの上から侵入してきた茜の指を貪っているようだった。麻衣子の身体が、残りの階段があと少しでなくなることを麻衣子に伝えると、麻衣子は思わず、「… あっ、いくぅ。……」と口走った。それに合わせるように、茜の指が麻衣子の蕾をきつく責めると、麻衣子は叫び声を上げた。その声は、何か大切なものを失ってしまったかのような、切なさに満ちていた。

 茜の愛によって迎えた頂点、それは麻衣子がここ何日かで味わってきたものとは、比べ物にならないほど素晴らしく、激しい快感を麻衣子に与えた。麻衣子は小刻みに身体を震わせ、茜に強くしがみついて、茜に導かれて到達した女の悦びの余韻に浸った。


 麻衣子はしばらく茜に抱きついたままで居たが、やがて興奮が少し収まってくると、自分はとんでもないことを茜にねだってしまったのかも知れないという疑念が、不意に麻衣子の中で顔をもたげた。淫らな女の子だと、茜に思われてしまったかも知れない。もしかしたら、茜はこんな自分に嫌気がさして、自分のそばから離れていってしまうかも知れない。その恐怖感は、急激に麻衣子の中に広がっていった。麻衣子はもう一度、茜の身体に巻きつけていた腕の力を強めた。

「…… 茜ちゃん、…… 私を嫌いにならないで。……」

 麻衣子が搾り出すような声でそう言ったが、茜はそれには言葉で答えなかった。茜は麻衣子の頬に擦り付けていた顔を起こして、母親のような穏やかな笑顔を麻衣子に向けたあと、ゆっくりと麻衣子の唇に自分の唇を重ね合わせて、目を閉じた。




Scene. 23



 次の日、授業とレスリング部の活動を終えた麻衣子と茜は、二人連れ立って寮へ戻ってきたが、お別れのキスの場所へは立ち寄らずに、二人はそのまま麻衣子の部屋のドアの内側へと消えた。部屋の中で少しだけおしゃべりを楽しんだあと、麻衣子は茜に愛をねだった。そして、茜の手によって、麻衣子はベッドの上で生まれたままの姿になり、前の夜と同じように、茜の愛に包まれて頂点に達した。

 その次の夜も、麻衣子は茜の愛を全身で感じながら頂点を迎えた。麻衣子の部屋のベッドの上には、ショーツ一枚だけになって横たわる茜の姿があり、そのすぐ横には、靴下以外には何も身につけていない麻衣子の姿もあった。

 頂点の直後から続いていた痙攣も止まり、興奮が収まりかけてきたとき、麻衣子はふと、頂点に達するのが自分だけであることにあることに気付いた。麻衣子は、自分に優しい視線を向けている茜に、少しだけ顔を近づけた。

「ねえ、茜ちゃん。」

「ん? なあに?」

「茜ちゃんは、私みたいに気持ち良くならないの?」

 麻衣子の問いかけに、茜は少しの間、答えることができなかった。そして、「う、うん。…」と口ごもり、少し困ったような顔をして俯いてしまった。

「…… ボク、さっきの麻衣ちゃんみたいになること、まだ一度も経験したことがないんだ。…… 一人でおっぱい触ったりしてると、確かに気持ちはいいんだけど、でもそれを続けても、多分さっきの麻衣ちゃんみたいにはならないと思う。…… 高校のとき、友達の女の子と少しだけエッチなことをしたことがあるんだけど、そのときもだめだったんだ。……」

「…… そのときは、相手の女の子は、私みたいになったの?」

「…… うん。一昨日の麻衣ちゃんみたいに、いくぅ、って言って、身体を震わせたあと、ボクにしがみついてきた。」

 麻衣ちゃんみたいに、と言われて、麻衣子は顔を赤らめた。が、麻衣子はすぐに少し悲しげな表情を、俯いたまま訥々と話を続ける茜に向けた。

「…… その娘もそのときが初めてだったんだ。…… ボク、そのあとその娘に、どんな感じだったのか訊いてみた。…… その娘はボクに巧く説明できなかったんだけど、すごく気持ち良かったって言ってた。…… その娘の話を聞いてると、きっとボクはまだ経験したことがないんだな、って思った。……」

 麻衣子は、掌を茜の乳房に当て、小さめの乳首を中指で撫でてみた。茜の乳首は少しだけしこっているようだが、自分が茜の掌を感じたときのとは少し違うように思えたし、茜の表情も自分のように大きく崩れる感じではなかった。麻衣子は訴えかけるような眼差しで、相変らず俯いている茜を見つめ、茜の乳房を右手で愛撫し始めた。

「茜ちゃん。茜ちゃんは、こうされても気持ち良くならないの? 私みたいに、女の子の大切なところが疼くような感じにはならないの?」

「…… わからない。…… わからないんだ。…… おっぱい触られると、気持ちはいいんだよ。…… でも、多分、麻衣ちゃんみたいにはなれないんじゃないかな。……」




Scene. 24



「嫌だ。…… そんなの嫌だ。…… 茜ちゃんをいかせてあげることができないなんて、私、そんなの嫌だ。……」

「麻衣ちゃん。……」

「私、茜ちゃんをいかせてあげたい。…… 私と同じように、私も茜ちゃんをすごく気持ち良くしてあげたい。…… 私だけしかいけないなんて、そんなの嫌だよ。……」

 麻衣子は今にも泣き出しそうになっていた。茜が戸惑っていると、麻衣子はいきなり茜の身体の上に覆い被さり、茜の乳房を口に含んで、乳首を優しく舌先で転がし、空いているもう一つの乳房も、指先で乳首を弄りながら揉みしだき始めた。茜は麻衣子の努力を最大限に受け止めようと、目を閉じ、全身の力を抜いて、ゆっくりと大きな呼吸を繰り返した。

 麻衣子はさらに茜のショーツに指を這わせ、茜の下半身を優しく刺激し始めた。しかし、五分、十分と経過しても、茜の様子にあまり変化はなかった。やがて茜は、肘を引き寄せて身体を起き上がらせ、済まなそうな顔をして、視線を自分の股間の辺りに落とした。麻衣子は、茜の乳房から顔を離し、茜の顔をじっと見つめた。

「ごめん、麻衣ちゃん。…… やっぱり、だめみたいだ。……」

「そんな、……」

 麻衣子には、感情を押し殺したまま、自分が茜を昂ぶらせることができないという事実を受け入れることができなかった。麻衣子の瞳から涙がこぼれ落ちた。

「…… 私は茜ちゃんを気持ち良くしてあげることができないの?…… 私には、茜ちゃんをいかせてあげることができないの?……」

 それだけ言うと、麻衣子は声を上げて泣き出してしまった。茜は麻衣子の頭に手を回して、胸のふくらみの中に抱え込んだ。

「…… 今日はだめだったけど、ずうっとだめだって決まった訳じゃないじゃない。時間はかかるかも知れないけど、いつか必ず、麻衣ちゃんにいかせてもらうことができるよ。…… ボクはそれでいい。ボクが麻衣ちゃんを愛することで、麻衣ちゃんが気持ち良くなるんだったら、今はそれだけでいい。…… ボクは、麻衣ちゃんがそばに居てくれるだけでいいんだよ。…… ボクをいかせることができないからって、そんなことは気にしちゃだめだよ。…… だから、…… 泣かないで、麻衣ちゃん。……」

 茜に優しい言葉を掛けられても、麻衣子はなかなか泣き止まなかった。しばらく茜の胸の中で泣いていた麻衣子は、何とか気持ちを整理して、茜の身体から離れ、小さく頷いた。麻衣子はまだ俯いたまま、ときおり洟をすすり上げていた。茜は麻衣子の顔を自分の方に向け、麻衣子の頬を伝う涙を拭い、まだへの字になっている麻衣子の唇に優しくキスした。茜に唇を覆われている麻衣子の目から、また一筋、涙がこぼれ落ちた。


 その後も、毎日のように、麻衣子は茜に抱かれた。あるときは麻衣子の部屋で、またあるときは茜の部屋で、麻衣子は茜の愛によって、茜が体験したことのない高みに上り詰めた。麻衣子は自分が頂点に達したあと、何度か茜を昂ぶらせようと試みたが、その想いを果たすことはできなかった。そのたびに茜は、「今はだめかも知れないけど、いつか必ず、麻衣ちゃんと同じところに行けるよ。」と、麻衣子を慰めた。




Scene. 25



 四月もそろそろ終わりに近づいたある日の夕方、レスリング部室のデスクには何枚かの書類が広げられていた。麻衣子は櫻子の横に座って、櫻子が進めている資料作成の手伝いをしていた。

 茜は気にしなくてもいいと言い続けていたが、茜を肉体的に満足させることができないという事実は、麻衣子の心に暗い影を落としたままだった。ゴールデンウィークの前半と重なるために三連休になる次の週末、思い切って、この三日間を茜と離れた状態で過ごしてみようか。三日間茜と会わずに、少し自分の気持ちを整理してみようか。…… 麻衣子はそんなことを考えながら、目の前の資料にペンを走らせていた。

「最近、ちょっと元気ないみたいね。」

 麻衣子が顔を上げると、櫻子が少し心配そうな顔を麻衣子に向けていた。麻衣子は笑顔を取り繕い、「あ、いえ、何でもないです。」と答えたが、その声にはあまり覇気が感じられなかった。櫻子は手にしていたペンをデスクの上に置いて、麻衣子の方に身体を向けた。

「麻衣子さん、何か悩み事があるんじゃない? 私で良ければ相談に乗るわよ。」

「あ、本当に何でもないです。…… 心配していただいて、ありがとうございます。」

 麻衣子は再び櫻子の問いかけを否定し、作業に戻ろうとしたが、櫻子は少し椅子を麻衣子の方にずらし、膝があと少しで触れるほどの距離まで麻衣子に近づいた。

「麻衣子さん。あなた、茜さんとお友達以上のお付き合いをしているんでしょう? 私には、あなたと茜さんがそういうお付き合いをしていること、もうわかってるわ。…… そのことで、何か悩んでいるんじゃない?」

 麻衣子は、はっとして言葉を失った。すでに櫻子は、自分と茜の関係にも気付いているようだし、麻衣子を悩ませているのは、まさに櫻子が語ったことに間違いなかった。麻衣子はペンを手から取り落とし、俯いたまま動けなくなってしまった。麻衣子の顔には「その通りです」と書いてあるようだったが、それでも口を開けないでいる麻衣子に、櫻子は優しい笑顔を向けた。

「やっぱりそうなのね。…… ねぇ、麻衣子さん、あなたの胸の中にしまっておくだけじゃなくて、私にも話していただけないかしら。お力になれるかどうかはわからないけど、話をすることで少し気が楽になるかも知れないし。…… ね、教えてちょうだい。」

 麻衣子は顔を上げて櫻子を見つめた。麻衣子には、櫻子の穏やかな笑顔が、すべてを包み込んでくれるように思えた。麻衣子は、「実は、……」と前置きして、櫻子に事情を打ち明け始めた。初めて茜とキスしたこと、茜と櫻子がスパーリングをしているときに感じてしまったこと、茜に抱いて欲しいと泣きついたこと、それ以来、毎日茜に抱かれていること、そして、茜を満足させてあげられないこと。……

 最後は涙声になってしまった麻衣子がすべてを話し終わると、櫻子は麻衣子の頭を自分の胸の中へと優しく抱き寄せ、「そうだったの。とても辛かったわよね。話してくれて、ありがとう。」と語りかけた。麻衣子は小さく頷き、嗚咽を洩らし始めた。

 麻衣子はしばらく櫻子の腕の中で泣いたあと、櫻子の腕を軽く振り解くようにして身体を起こした。麻衣子はまだ顔を上げられずに居たが、表情には少しだけ明るさが戻っていた。

「みっともないところを見せてしまって、申し訳ありません。…… でも、これは私と茜ちゃんの問題ですから、自分たちで何とかします。…… 茜ちゃんは気にしないでいいって言ってくれてるし、もう少し時間を掛けて、二人で解決したいと思います。」

 櫻子は元気を取り戻したように見える麻衣子の姿を見て表情を崩し、麻衣子の左の肩に軽く手を置いた。麻衣子が櫻子の顔を見上げると、櫻子は相変らず穏やかな微笑を麻衣子に向けていた。

「麻衣子さん。もしよろしかったら、今度の連休、茜さんと一緒に私のところへいらっしゃらない?」




Scene. 26



「櫻子先輩のお家にですか?」

「ええ。…… 環境が変わったら、茜さんの身体にも何か変化があるかもしれないでしょ。ちゃあんとお二人にはお部屋を用意できるはずだから、遠慮しなくてもいいわよ。」

 麻衣子にとって、それは魅力的な提案だったが、さすがに、即座に「お願いします」とは言えなかった。それでも麻衣子の表情には、随分明るさが戻ってきた。櫻子はさらに続けた。

「ここから車で一時間ぐらい行ったところよ。私と樹里は、週末ごとに外出の許可をいただいて、いつも週末はそこで一緒に過ごしているの。…… 私と樹里の関係は、もう知ってるでしょ。六年前に樹里と知り合ってから、私たちは週末になると、いつも私のお家で愛を育んでいるのよ。」

「…… 樹里先輩と、…… 愛を、…… ですか。……」

 櫻子が口にした、「愛を育んでいる」ということが何を指しているのか、麻衣子には容易に想像することができた。その姿を思い浮かべた麻衣子は、顔を赤らめて下を向いた。

「…… でも、私たちが押しかけてしまったら、…… あの、…… お邪魔じゃありませんか?」

「あはは。大丈夫、大丈夫。…… あ、それとね、樹里と知り合ってからしばらくたったあと、お母様に無理を言って、樹里のためにトレーニングルームを作っていただいたの。レスリングの試合ができるようなマットも置いてあるわよ。もし茜さんがいらっしゃるなら、またスパーリングしてみたいし、……」

「あ、それだったら、茜ちゃんも喜ぶと思いますよ。茜ちゃん、櫻子先輩とスパーリングできたこと、すごく嬉しかったみたいでした。あの日、茜ちゃんと一緒に寮に戻ったんですけど、茜ちゃん、ずうっとその話をしてましたから。」

「そう、嬉しいわ。…… 実はね、樹里が毎週私のお家に来るのは、プライベートにコーチをお願いしている方からレッスンを受けるためでもあるの。毎週、週末になると、その方は泊り込みで私のお家にいらっしゃるんだけど、ゴールデンウィークの間は、その方はご家族と一緒に海外旅行にお出かけになるので、お見えにならないの。そんな事情で、今度の週末は、その方がいつもお使いになっているお部屋が空いてるのよ。…… だから、本当に遠慮なさらなくていいの。むしろ、麻衣子さんと茜さんなら大歓迎よ。樹里もきっと喜んでくれると思うわ。」

 麻衣子はまだ少しだけ返事を躊躇していたが、やがて櫻子に笑顔を向けて、「わかりました。じゃ、茜ちゃんも誘ってみます。」と答えると、櫻子は、もし何かの都合があって来れなくなっても絶対に気にしないように、と麻衣子に伝えた。そして二人は、やり掛けになっていた書類の作成に取り掛かった。新たな希望を見出したことで、麻衣子の顔には完全に明るい笑顔が戻っていた。


 その日、レスリング部の活動が終わったあと、体育館の前で待ち合わせをした麻衣子と茜は、いつものように連れ立って、寮へ戻っていた。麻衣子はさっそく、櫻子の家で次の週末を過ごそうと茜に持ちかけた。麻衣子が、樹里も一緒だということや、トレーニングルームや試合用のマットがあること、櫻子が茜とスパーリングをしたがっていることなどを茜に伝えると、茜は二つ返事で話に乗ってきた。「よーし、今度は負けないぞぉ。絶対に櫻子先輩をフォールしてやる」、そんなことを口走りながら、無邪気に喜ぶ茜の姿を見ていると、麻衣子も嬉しくなってきた。もしかしたら、茜は単純に櫻子とスパーできるのが嬉しいだけなのかも知れない、そんなことに軽い嫉妬を覚えるほど、麻衣子の気持ちにはゆとりが生まれていた。

 そのあと、二人は茜の部屋へ行き、幸せな時間を過ごした。週末まで悩むのはやめよう、そう割り切ると、麻衣子は素直に茜の愛の中に身を置くことができた。茜も樹里たちと週末を過ごせることに少し興奮したらしく、その夜の営みはいつもより激しかった。




Scene. 27



 土曜日の朝、麻衣子と茜は、先輩二人との待ち合わせ場所である、園の駐車場に到着した。約束の時間、午前八時より十五分近く前だったが、すでに樹里も櫻子もその場に居合わせていた。

「おはようございまーす。」

「おはよう、茜。麻衣ちゃん、おはよう。」

 樹里は二人の姿が目に入ると、小さく腕を振った。レスリング部に入部して以来、茜はすぐに樹里のお気に入りになり、樹里は茜のことを「茜さん」ではなく、親しみを持って「茜」と呼ぶようになっていた。櫻子と親しくしている麻衣子の呼び方も、「麻衣子さん」から「麻衣ちゃん」に変わっていた。

 四人が他愛のないおしゃべりを始めると、ほどなく黒塗りの車が一台、駐車場の中に滑り込んできた。ちょうど車の正面の位置に居た麻衣子は、四人の中で一番初めにその車の存在に気付いた。あまり車のことには詳しくない麻衣子だったが、その車が今までにあまりお目にかかったことのないほどの高級車であることは、容易に感じ取ることができた。

 麻衣子がおしゃべりから離れていること気付いた櫻子は、麻衣子の向けている視線の方向に目を遣り、「あ、来たわね。」と声に出した。その声に振り向いた茜も、自分達を迎えに来たのであろう黒塗りの車に目を向けると、呆気に取られてしまった。その車には、運転席の列の後ろに二列の座席が設置されていて、高級乗用車ではなく、明らかに、「リムジン」と呼ぶべきものだった。

 リムジンは四人のすぐ脇で停まった。エンジンが止まると、運転席から、質素ではあるが品のいい黒のスーツに身を包んだ、三十代前半と思われる女性が降りてきた。彼女の身の丈は百七十センチほどで、豊かな胸がスーツの中に窮屈そうに収まっていた。彼女は櫻子の前に立つと、深々と頭を下げた。

「おはようございます、櫻子様、樹里様。お迎えに上がりました。」

「おはようございます、志乃さん。」

 櫻子が志乃と呼んだ女性は、麻衣子と茜の前に一歩進み出て、二人にも丁寧に挨拶した。

「初めまして。天原様のお屋敷でお世話になっている、水谷志乃と申します。新しいお客様をお迎えすることができて、大変嬉しゅうございます。精一杯お勤めさせていただきますので、どうかよろしくお願いいたします。」

 自分よりも一回りは年上の女性に深々と頭を下げられ、麻衣子も茜も少し面食らってしまったが、何とか二人とも自己紹介を済ませた。樹里と櫻子は、志乃と一年生二人のやりとりを見て、顔を見合わせてクスクスと笑った。

 挨拶が終わると、四人はカップリング通りに、居心地のいいリムジンのシートに収まった。麻衣子も茜も、運転手の手によって開かれたドアから車に乗り込むのは初めての経験だった。そして、リムジンが園を離れてからしばらくしても、茜は好奇心を丸出しにして、リムジンの中をきょろきょろと見回していた。

 しばらくたつと、樹里は、志乃が天原家に仕えている使用人の中でも飛びぬけて有能であり、天原邸の家政をほぼ一人で切り盛りしていることや、家事全般に長けていること、料理人や運転手などの代わりも難なくこなすこと、とりわけ料理の腕は抜群であること、自分が本当に気持ち良く櫻子と週末を過ごすことができるのは、すべて志乃のおかげであることなどを、麻衣子と茜に説明し始めた。志乃は苦もなくリムジンを操りながらも、顔を赤らめて樹里の褒め言葉を必死に否定していた。

「ねえ、志乃さん。お母様たちはお出かけになってしまったの?」

「はい。お取引のある会社の方からご招待で、旦那様とご一緒に、昨日の夜にはこちらをお発ちになりました。それと旦那様は、櫻子様たちだけなら大丈夫だろうということで、わたくし以外の使用人には、ゴールデンウイークの間、お休みを差し上げましたので、この週末、お屋敷に残られるのは、わたくしたちだけということになります。…… もし、櫻子様たちがいらっしゃらなければ、わたくしは一人でお屋敷に残らなければなりませんでした。ですから、こうしてお客様をお迎えすることができて、本当に嬉しく思います。」




Scene. 28



 ゴールデンウイークの初日ということもあり、道路は多少混雑していたが、園の駐車場を出てから一時間と少したった後には、リムジンは櫻子の家の門をくぐっていた。建物の玄関の前で車を停めた志乃は車を降り、週末の来客のために丁重にリムジンのドアを開いた。櫻子は志乃に、「あとは私が案内するから、車をしまっておいてちょうだいね」と告げると、志乃は一礼して車に乗り込んだ。

 志乃が「お屋敷」と呼んでいたので、麻衣子はかなり古風な建物をイメージしていたが、実のところ、天原邸は比較的近代的な造りになっていた。家の中には豪華な絵画や美術品といったものはほとんどなかったが、麻衣子は、「とにかく隅々まで手入れが行き届いている」という印象を持った。

 麻衣子と茜は、以前櫻子が麻衣子に話していた、四階建ての建物の最上階にある、「来客用の部屋」に案内された。南側がガラス張りになっている部屋の中には、大きなベッドが一つと、品のいいデスクと簡単な応接セットが並べられていた。この部屋の中も、豪華さよりも機能性を優先させたことがはっきりとわかる造りになっていて、いかにも居心地が良さそうだった。麻衣子は、「本当に気持ち良く櫻子と週末を過ごすことができるのは、すべて志乃のおかげ」という樹里の言葉を思い出した。茜は荷物を部屋の中に放り出し、すぐにベッドのそばへ行って、両手で感触を確かめると、「すごーい。寮のベッドとは全然違うよー。」と叫んだ。

 次に四人は、麻衣子たちに宛がわれた部屋のすぐ隣りにあるトレーニングルームに足を運んだ。茜はトレーニングルームが早く見たくてたまらないらしく、両開きになっているドアの手前に着く前から、瞳をキラキラと輝かせていた。櫻子がトレーニングルームのドアを押し開くと、茜が期待していた以上の光景が広がった。フロアの中央には、ちゃんと円形のラインが引かれた正規サイズのマットが設置されていて、その回りには、いくつかのエクササイズ用のマシンが整然と並べられていた。

 茜は大きな溜息を洩らすと、四人の中で一番最初にトレーニングルームの中に足を踏み入れ、マットの固さを調べたり、マシンの機能を櫻子に尋ねたりしていた。

「気に入っていただけたみたいね、茜さん。」

「え、あ、はい。すごいです。個人のお宅にこんなトレーニングルームがあるなんて。…… ねえ、櫻子先輩、これ、使ってみてもいいですか? それから、ボク、あ、いや、失礼しました。……」

「あははは。茜、もう言い直さなくてもいいよ。…… 茜は麻衣ちゃんと居るときには、自分のこと、「ボク」って呼んでるんだろう? 私の前でも、櫻子の前でも、「ボク」で構わないよ。ねえ、櫻子?」

「そうね。茜さんには、その方が似合ってるかもしれないわね。…… だから、気にしなくていいわよ、茜さん。」

「…… そうですか、…… じゃ、申し訳ないですが、そうさせていただきます。…… あ、ですから、ボクとスパーリングしましょうよぉ。今度は負けないですよ。絶対に櫻子先輩をフォールしますよ。」

「うふふ。わかったわ。…… じゃ、一旦お部屋に戻りましょうね。志乃さんがお部屋に飲み物を届けてくれるはずよ。…… そこで一息ついたら、早速みんなで汗を流すことにしましょう。」


 麻衣子と茜が櫻子たちと別れて部屋に戻ると、メイド風に衣装を変えた志乃が紅茶を運んできてくれた。二人は志乃に礼をいい、志乃の淹れてくれた芳醇な香りのする紅茶を嗜みながら、部屋の小さなテーブルを挟んで楽しくおしゃべりをした。「わたくしが焼いたものですけど、よろしかったら召し上がってください」と志乃が言い添えていった茶菓子は、実に上品な味わいだった。麻衣子は、帰るまでに志乃に作り方を訊いておかなくては、と思った。




Scene. 29



「麻衣ちゃん、先に着替えちゃってもいい?」

 茜がそう言って、空になったティーカップをテーブルの上に置いたので、麻衣子は、「うん。私はもう少しゆっくりしていくから、着替え終わったら先に行ってて。」と答え、薔薇の花があしらわれた陶製のティーポットから、自分のティーカップに二杯目のお茶を注いだ。茜は椅子から腰を上げ、持ち込んだバッグから何点かのウエアを取り出してベッドの上に置き、鼻歌を歌いながら服を脱ぎ始めた。

 一刻も早くトレーニングルームに行きたいらしく、茜はあっという間に、いつものトップスとスパッツに着替え終わってしまった。最後にブルーのレスリングシューズのストラップを締め上げて蝶結びにした茜は、まだティーカップを手にして、お茶と美味しい茶菓子を口へ運んでいる麻衣子に、「じゃ、先に行ってるね。」と声を掛け、楽しそうに部屋を出て行った。居心地のいい部屋に一人残った麻衣子は、これだけ素敵な環境が整っているのであれば、茜の身体に何か変化があるかも知れない。もしかしたら、茜を昂ぶらせ、頂点に導いてあげることができるかも知れない、と思った。

 二杯目のお茶を飲み干した麻衣子は、大きく伸びをしたあと着替えを始めた。始めに茜にもらったオレンジ色のペアウエアをベッドの上に並べて、麻衣子は身につけていた白いブラウスとタータンチェックのスカートを脱いで、綺麗に折りたたんでその横に並べた。下着だけの姿になった麻衣子がブラのホックを外した、ちょうどそのとき、部屋のドアをノックする音が聞こえた。ちょっとタイミングが悪いかな、と麻衣子は思った。

「はぁい。」

「あ、まだ部屋に居たのね。」

 ドアの外から櫻子の声がしたので、麻衣子は少し安心した。

「はい。茜ちゃんはもう着替えてトレーニングルームに行きましたよ。私は今、ちょうど着替えているところです。もうすぐ終わりますから、先に行っててください。」

 麻衣子はすぐに返事が返ってくるものと思っていたが、何秒かの間、櫻子からの返事はなかった。どうしたのかな、と麻衣子が思い始めたとき、ドアの外から意外な答えが返ってきた。

「…… ねえ、中に入ってもいい?」

 麻衣子は少しだけ戸惑った。今、ドアを開けられたら、ほとんど裸に近い状態の自分を櫻子に見られてしまう。でも、考えてみれば相手は櫻子だし、特に恥ずかしがる必要はないかと考え、麻衣子は、「どうぞ。」と返事をした。すぐに、ドアの向こうから、「じゃ、失礼するわね。」と声がして、ゆっくりとドアが開いた。

 部屋の中に入ってきた櫻子の姿を見た麻衣子は、悲鳴にも似た小さな呻き声を上げて、ふかふかの絨毯の敷かれた床に、ぺたりと座り込んでしまった。麻衣子は外れたブラの上から乳房を両腕で覆い、櫻子の全身から目を離さずに、横に小さく首を振った。櫻子が一歩一歩近づいてくると、麻衣子は片手を胸から離して、後ずさりを始めた。

 麻衣子が見たもの。それは、白いレスリングシューズだけを身につけた、櫻子の裸身だった。



Scene. 30



「………… こ …… これで、…… いいですか?……」

 茜は、後からトレーニングルームに入ってきた樹里の言葉に従って、十八歳のみずみずしい肉体を覆っている最後の一枚の布だったネイビーブルーのスパッツをマットの上に置き、あらわになっていた乳房と股間を素早く手で覆った。茜の目の前には、黒いレスリングシューズだけを身に付け、爪先をマットに当てて足首のストレッチをしている樹里が居た。樹里は、しなやかな筋肉に覆われた身体から大きく突き出した乳房はおろか、剥き出しになった女性器でさえ、まったく隠す素振りを見せなかった。

「そう。それでいいよ、茜。…… さ、始めよう。」

「…… でも、…… こんな格好でスパーするなんて、……」

「恥ずかしいかい、茜。ほら、私の身体を見てごらん。乳房も、性器も、茜と同じものがあるだろう? 女性はみんな、こういう身体の造りになっているんだよ。だから、恥ずかしがることはない。それに裸で居れば、胸やお尻の筋肉の動きも良くわかるじゃないか。」

「…… そんな、……」

「初めのうちは抵抗があるかも知れないけど、すぐに慣れるさ。…… じゃ、私の方から行くよ。」

 樹里はほんの少しだけ腰を落として身構えると、乳房と股間を覆っている両手を離すことができずに居た茜の腰に組み付き、次の瞬間には茜をマットの上に押し倒してしまった。茜は反射的に身体をうつ伏せにしようとしたが、それを行動に移す前に、樹里の両脚が茜の右の太股に絡みついてきた。あっという間に、茜の背中はべったりとマットについた。一瞬だけ樹里の技の切れの良さに感心した茜だったが、間もなく、樹里が自分をマットに押さえつけたまま身体を解こうとしないことに気付いた。

「ねえ、茜。…… 茜はまだ、女の悦びを、…… 女の一番気持ちのいい瞬間を経験したことがないんだってね? …… 麻衣ちゃんにしてもらっても、なかなか感じることができないんだって?」

 茜の耳元で、樹里がそう囁いた。茜には、樹里がなぜこんな状況でそのことに触れるのか理解できなかった。が、全裸のまま樹里に組み敷かれている茜は、自分の身に何かが降りかかることを感じ取った。茜は動転し、何とか樹里の身体の下から逃げ出そうとしたが、力も体格も数段上の樹里は、それを許さなかった。樹里は何を考えているんだろう。茜は思考を彷徨わせたが、ほどなく、樹里が本人からその答えは帰ってきた。

「それじゃ、それが本当かどうか、今から私が茜の身体を調べてあげるよ。」

 樹里が両脚と左手だけで簡単に茜の身体をマットに釘付けにし、空いている右手を自分の身体の下でもがく茜の乳房に伸ばすと、茜は「ひぃっ」と声を上げた。樹里は茜の乳房を荒々しく揉みしだき、茜の乳首に指を立てて弄んだ。茜は樹里から逃れようと必死に身を捩ったが、身体の自由を取り戻すことはできなかった。

「素敵なおっぱいじゃないか。」

「…… やめて、…… やめてください。……」

 茜の台詞を嘲うかのように、樹里は上体をぴったりと茜に密着させ、茜の耳たぶに舌を這わせ始めた。その刺激はとても甘く、茜はまた声を洩らしてしまった。しばらく茜の乳房と耳を責めていた樹里は、茜の耳元で、「茜は、こうされると感じるのかな?」と囁き、さらに激しく茜を弄んだ。やがて、茜の身体に、わずかではあるが、心地良い電流が流れ始めた。

 こんなところで、こんな形で感じたくない。茜は必死にその心地良さを拒んだが、茜の想いとは裏腹に、茜の中の疼きは確実に目覚め、茜を苛み始めた。茜は目に涙を浮かべ、樹里という名の血の通った枷から逃れようともがいたが、もちろんその望みが叶うはずもなく、その枷はますます茜の身体に強く絡みついた。




Scene. 31



 麻衣子の背中がベッドに当たると、それ以上後ずさりすることができなくなった麻衣子は、身体を丸めて櫻子から床へと視線を落とした。大きな白い乳房の前で固く腕を交差させた麻衣子の横に、櫻子は腰を下ろし、穏やかな表情を湛えた顔を麻衣子に近づけた。

「ここでは身体を隠す布なんて必要ないのよ。あなたも私のように、生まれたままの姿になりなさい。ここに居るのは私たちだけ。だから恥ずかしがらなくてもいいのよ。」

 櫻子の言葉は、小さな子供に語りかけるように優しかったが、着替えをする姿を見られてしまうくらいならまだしも、家の中を全裸で歩き回るということなど、とても麻衣子には受け入れられなかった。麻衣子は、櫻子と視線を合わせることができずに、力なく首を横に振るばかりだった。

「大丈夫よ、麻衣子さん。こんな素敵な身体を隠すなんて、もったいないわ。」

 櫻子の手が、もみくちゃになった麻衣子の白いブラの中へ、交差された麻衣子の腕の内側へと伸びてきた。麻衣子はその手を嫌がるように櫻子に背を向けたが、櫻子の手が麻衣子から離れることはなかった。やがて櫻子の掌は、優しく麻衣子の乳房を包み込んだ。

「なんて素敵なおっぱいなの。……」

 麻衣子の乳房に当てられている櫻子の手が動き始めた。その動きはあくまでも優しく、「怖がらなくてもいいのよ」と麻衣子を諭すようだった。櫻子は空いている左手で麻衣子の髪をかき上げると、麻衣子のうなじに軽くキスし、頬擦りしながら舌を這わせ始めた。麻衣子は思わず、「ああん」と声を洩らしてしまった。麻衣子の腕の力が少し抜けると、櫻子は左手で麻衣子のブラをめくり取った。やがてその手も麻衣子の腕の中に入り込み、麻衣子の乳房を愛し始めた。

「なんて柔らかい、マシュマロみたいな素敵なおっぱい。……」

 櫻子の吐息が麻衣子の頬に掛かると、麻衣子の泉から雫がこぼれ始めた。そして、背中にぴったりと寄せられた櫻子の乳房の感触と、限りなく優しい乳房への愛撫は、魔法のように麻衣子の身体を支配し始めていた。麻衣子の腕からは完全に力が抜け、ついにはだらりと垂れ下がってしまった。麻衣子の、大きなゆっくりとした呼吸の中に、切ない声が混ざり始めた。やがて麻衣子は、乳房から離れた櫻子の右手が自分の下半身へと向かうのを感じ取った。

「…… やめてください。…… 櫻子先輩には、樹里先輩が居るじゃありませんか。……」

「そんなことはないわ。樹里も、私が麻衣子さんを愛することを望んでいるはずよ。」

「…… そんな、…… 私、樹里先輩に叱られてしまいます。……」

「心配しなくても大丈夫よ。私と樹里の絆は、麻衣子さんに愛を分け与えることでほころんでしまうほど弱いものじゃないの。むしろ、麻衣子さんや茜さんを深く愛し、悦びを分かち合うことで、私と樹里はより強く結び付くのよ。…… だから、身体の力を抜いて、私の愛を受け入れてちょうだい。……」

 櫻子の右手は麻衣子のショーツの上に到達していた。麻衣子の理性はほんの少しだけ股を閉じることで、魔法の力に対抗したが、櫻子の指が湧き水の跡をこね始めると、身体と同様、麻衣子の理性も、あっさりと魔法の力に屈してしまった。櫻子の指が麻衣子のショーツの中に侵入しても、麻衣子には魔法の力の中に身を置いて、喘ぎ声を洩らすことしかできなかった。

 麻衣子は、熟れ始めた蕾に櫻子の指から優しい刺激を受けるたびに、ぴくんと身を震わせた。櫻子の指先が麻衣子の雫を絡め取るように動くと、麻衣子の喘ぎ声はだんだん上ずったものになり、止まらなくなっていった。やがて麻衣子は、「いやぁ!」と叫ぶと、小さく痙攣を始めた。麻衣子の瞳から涙がこぼれ落ちた。麻衣子は魔法の力に抗うことができず、櫻子の愛の中で頂点に達してしまっていた。




Scene. 32



 しばらくすると、樹里は茜の首の後ろで茜の両腕を固めていた左腕を解き、茜の首から上を腋に抱え込むようにして、再び茜をがっちりと押さえ込んだ。樹里の目の前には、じっとりと汗ばみはじめた茜の胴体が無防備にさらけ出されていた。樹里が身体を丸めて茜の乳輪を口に含み、舌先で乳首を転がし始めると、茜はその刺激に反応して、ぴくんと身体を反らせた。そして、ついに樹里の手が、茜の下半身へと伸びてきた。

 樹里の指先は、茜のお臍の下から女の子の一番大切なところへと這ってきた。茜は思わす、「いやぁ」と声を上げ、股を閉じようとしたが、股の間に挟まれた樹里の太股がそれを許さなかった。やがて、樹里の指先が茜の花びらの中に入り込んできた。

「濡れてるよ、茜。」

 樹里の言葉通り、茜の意に反して、茜の身体は開花を始めていた。樹里の指先を受け入れた茜の花びらの中は、すでにまったりと潤みを帯びていた。樹里の指が茜の中で小さく踊ると、さらに新鮮な雫が樹里の指に絡みついてきた。茜の口から洩れている呼吸音はだんだん荒くなり、それに混じって喘ぎ声が聞こえるようになった。

 不意に、樹里の長い指が、茜の奥にある閉ざされた細長い空間へと、すっと入り込んだ。樹里が指先をわずかに曲げ、指の腹が空間の周りの肉壁に擦りつけられると、殴られたような快感が茜の身体を貫いた。茜は撥ねるように身体を反らし、言葉にならない叫び声を上げた。あまりの刺激の強さに、茜は全身を硬直させた。そして、その硬直が解けると、茜の全身から、がくんと力が抜け落ちた。

「ああ、茜はここが一番感じるんだね。……」

 茜は、「あぅ、…… ああぅ、……」と呻くばかりで、樹里の言葉に何も答えることができなかった。樹里が同じ場所に指を当てると、茜は再びびくんと反応し、呻き声を洩らした。茜の泉からは、熱い液体がどんどん湧き上がり始めた。やがて、樹里がてらてらと光る指を茜の中から抜き抜くと、茜は栓を抜かれたビニール風船のように、その場にぐったりとなった。茜には、自分の身体に何が起こったのか理解できなかった。

 樹里は絡ませていた脚を解き、茜の背後に回って茜の上体を起こし、茜のすぐ後ろのマットの上に腰を下ろした。そして、茜の股を広げて、茜の両膝のあたりに自分の両足に掛けた。なす術なく大股開きにされてしまった茜は、喘ぎとも呻きともつかない声を洩らした。

 やがて樹里は、背後から再び茜の乳房を弄び始めた。茜の指は、乳房に回された樹里の手を拒むように、樹里の手首に掛けられたが、茜には指先に力を込めることことができなかった。ぴんぴんに勃ってしまっている乳首を樹里に触れられるたびごとに、茜の身体中を激しい疼きが駆け巡った。

 樹里の指先が、また茜の下半身へと伸びてきた。むしゃぶりつくように樹里の指先を咥え込んだ茜の下半身は、花びらから湧き水を滴らせるまでにびっしょりと濡れていた。樹里がその中にある指を躍らせると、くちゅっ、くちゅっと音がするようだった。茜の呼吸は荒く、不規則になり、喘ぎ声を洩らすのも我慢できなくなっていた。少し濁り始めた意識の中で、麻衣子が言っていた、「いくぅ」がこの先にある、と茜は感じた。

 「いくぅ」は、もう手の届くところにある。できることなら、麻衣子の前で、麻衣子で上り詰めたかった。でも、その望みは叶いそうもない。あと少しの後には、自分は樹里に導かれて上り詰めてしまうのだろう。茜の身体は、もうすぐ辿り着くよというサインを、茜に送り続けていた。樹里に身を任す覚悟を決めた茜の瞳から、大粒の涙が流れ落ちた。




Scene. 33



 麻衣子は上り詰めてしまったままの格好で泣いていた。櫻子は麻衣子にとって憧れの存在だったし、麻衣子には櫻子を憎む気持ちは起きなかった。ただ、どうすることもできないまま頂点を迎えてしまった自分が悲しかった。櫻子に愛されるだけで簡単に上り詰めてしまうほどふしだらな女、どうしようもなく淫らな女、そう思うと涙が止まらなかった。

「ごめんなさい。どうしても麻衣子さんに私の愛を感じてもらいたかったの。…… 私を恨んでる?」

 麻衣子は首を小さく横に振った。櫻子は麻衣子の斜め前に座り直し、麻衣子の頬を伝う涙をそっと拭った。麻衣子にとって、櫻子の手の感触はありがたいものだった。櫻子が頬に触れているだけで悲しみや苦しみが消えていく、そんな母のような優しさを、麻衣子は感じ取ることができた。やがて気持ちも落ち着き、泣き止んだ麻衣子に、櫻子が語りかけてきた。

「麻衣子さんには、私たちが裸で週末を過ごしていることの理由を、もう少しお話しておくわね。」

 麻衣子の表情には穏やかさが戻っていた。麻衣子は櫻子の目を見つめて、小さく頷いた。櫻子は相変らず、母のような優しい微笑みを麻衣子に向けていた。

「私は樹里に何も隠したくないの。裸になることで本当の私を樹里に見てもらえる、本当の私を、樹里にたくさん愛してもらえる、そう思ってるの。…… 麻衣子さんや茜さんにも、同じように接したい。麻衣子さんや茜さんにも、私は何も隠したくない。…… 裸の私を見てもらうことで、麻衣子さんにも茜さんにも愛してもらいたいの。…… わかってもらえるかしら。」

 麻衣子は櫻子から視線を落として、しばらくの間、櫻子の言葉を噛みしめていた。大きな愛で自分を包み込んでくれる、櫻子の言葉にはそんな響きがあった。本当の自分を見てもらうことで、たくさん愛してもらえる。櫻子は樹里との関係をそんな風に言ったが、それは自分と茜の関係にも当てはまるのではないか、本当の自分を茜の前にさらけ出すことで、茜にもっと愛してもらえるのではないか。……

 麻衣子は櫻子の目を見つめた。櫻子の穏やかな微笑みは、「それでいいのよ。」と麻衣子に語りかけているようだった。麻衣子は表情を崩して櫻子に微笑を返すと、立ち上がって白いショーツをすっと足許に落とし、少し屈んでショーツを完全に足から抜いた。

 私の裸を見てください、と言いたげに、麻衣子は櫻子の正面に立った。櫻子がにっこりと微笑むのを確認した麻衣子は、櫻子がレスリングシューズだけは履いていることに気付き、近くに置いてあったバッグからスニーカーを取り出して、ベッドに腰を下ろした。麻衣子がスニーカーに両足を入れ終わると、そこに櫻子の手が伸びてきて、スニーカーのストラップを結び始めた。麻衣子には、櫻子の姿が、小学校の入学式の日に母親が靴紐を結んでいる、そんな様子に見え、少し嬉しかった。麻衣子がそんな幸せに浸っていると、ストラップを結び終わった櫻子は、麻衣子のすぐ横に腰を下ろした。

「ねえ、麻衣子さんが茜さんとお友達以上のお付き合いを始めたのは、繚花館に入園してからのことでしょ?」

「…… はい。……」

「それなら、まだ茜さんのことを良くわからなくても当たり前よ。…… 私は六年前に樹里と知り合って、それからずっと今のような関係を続けているけど、それでもまだわからないことはたくさんある。…… 急いじゃいけないわ。想いを馳せる人が居るのなら、…… 麻衣子さんと茜さん、お二人がお互いに絆を強く結ぼうと本当に望んでいるのなら、急いじゃだめよ。一つずつ一つずつでいいの。ゆっくり時間を掛けて、確かめ合うのよ。私は、あなたと茜さんとの間に強い絆が結ばれることを望んでいるの。樹里だってそうよ。あなたと茜さんが強く結ばれるためなら、どんなことでもしてあげるつもりでいるのよ。」

「…… 櫻子先輩。……」

 麻衣子が櫻子に抱きつくと、櫻子も麻衣子を抱いて、掌で麻衣子の頭を撫でた。しばらくの間、麻衣子は櫻子の温もりを味わった。麻衣子にとって櫻子は、優しい母親のようであり、優しい姉のようでもある、そんな存在になっていた。やがて櫻子が、「じゃ、茜さんが待ってるだろうから、トレーニングルームに行きましょ。」と麻衣子に声を掛けると、麻衣子は「はい。」と返事をして、櫻子の身体に回している腕を解いた。

 麻衣子と櫻子は、麻衣子たちの部屋を出て、そのままトレーニングルームに向かった。ドアの前まで来ると、麻衣子の耳に茜の泣き声が聞こえてきた。

 茜ちゃんが泣いてる。…… 麻衣子は、並んで歩いていた櫻子の一歩前に進み、トレーニングルームのドアを押し開いた。




Scene. 34



 茜は全身にびっしょりと汗をかき、背後にいる樹里にぐったりとした身体を預けていた。茜の泉から溢れた湧き水は、樹里の指を潤すだけに留まらず、茜の花びらから太股を伝って、マットへと滴り落ちていた。茜は頂点のすぐそばまで来ていた。今度こそ、「いくぅ」を経験できる。茜が何度めかの心の準備をしたとき、また樹里の指は茜の花びらを離れた。

「あああぁぁ……」

 茜は絶望に満ちたような泣き声を洩らした。茜の頬にはすでにくっきりと涙の筋が刻まれていた。樹里の手は茜の頬の辺りと、それなりに引き締まった茜のお腹周りへと移っていた。

 …… あと少し、…… あと少しなのに、いかせてもらえない。……

 樹里は、何度も茜を頂点の淵まで追いやっては、そこですっと茜を解放した。そして茜の昂ぶりが少し収まったころを見計らったように、再び快感の虜に成り果てた茜の身体の敏感な部分に指を這わせた。

 頂点のほんの少しだけ手前を何度も何度も行き来する。茜はすでに、肉体的にも精神的にも限界を超えていた。昂ぶり切った茜の身体は、最後の仕上げを激しく要求した。我慢できなくなった茜は、身体を少し丸めると、破裂するのを待つばかりの疼き壷へと自分の指を差し入れようとした。が、茜の指が届く前に、樹里は茜の両手首を掴み、真上に持ち上げた。

「…… どうして、…… どうして、いかせてくれないんですか。……」

 バンザイの格好にされてしまった茜は、押し出すようにそれだけ言って、大声を上げて泣き出した。両腕の自由を奪われたことの絶望感に、茜は大きく身を捩ったが、狂おしいほどの疼きが収まることはなかった。

「茜ちゃん!」

 不意にドアが開いた。なだれ込むようにトレーニングルームの中に入ってきた麻衣子の目に、マットの上にへたり込んだまま、樹里に両手を持ち上げられ、顔をぐちゃぐちゃにして泣き狂う茜の姿が入り込んできた。麻衣子はすぐに茜の前に座り込んで、茜の顔を見つめた。

「麻衣ちゃん、茜はもうすぐそこまで来てるんだよ。」

 樹里の言葉にはっとした麻衣子は一度樹里の顔の方に目を遣り、すぐに茜の下半身へと視線を落とした。びちゃびちゃに濡れた茜の花びらから、また一滴、湧き水がしたたり落ちた。

「さあ、いかせてあげなさい。」

 樹里は再び麻衣子に声を掛けたが、麻衣子は石のように固まって動かなかった。麻衣子が思いついたように後ろを振り返ると、そこには櫻子が穏やかな表情を湛えていた。櫻子は樹里の言葉を後押しするようにゆっくりと頷いた。それでも麻衣子は茜の方に視線を戻しただけで、相変らず動けずに居た。

「…… お願い、…… いかせて。……」

「…… 茜ちゃん、……」

「…… 麻衣ちゃん、お願い、…… ボクをいかせて。……」

 茜の搾り出すような声が麻衣子の耳に届くと、麻衣子の呪縛が解けた。麻衣子が茜の乳房に手を伸ばし、茜の乳首に触れてみると、それは今までの茜からは想像もできないほど尖り切っていた。そして、麻衣子がそれを軽くこねると、茜はびくんと身体をのけぞらせ、切ない喘ぎ声を上げた。

 麻衣子の中で何かが弾けた。

 麻衣子はもう一度、「茜ちゃん!」と叫んで、茜の乳房にむしゃぶりつき、湧き水を垂らし続ける茜の花びらの中へと指を差し入れた。




Scene. 35



 麻衣子が茜の乳首を舌で転がすと、茜はぴくんと身を反らせ、「ああん」と切ない声を上げた。麻衣子が茜の湧き水にまみれた指で茜の蕾を愛撫すると、茜の泉はさらに潤いを増し、麻衣子の指を濡らした。今までの茜からは想像もできないような、素直な、敏感な反応は麻衣子に大きな喜びをもたらした。やがて、麻衣子の瞳からも、涙が溢れてきた。

 茜ちゃんが、こんなに私を感じてくれる。……

 やがて、樹里が茜の背後から離れたので、茜は麻衣子に押し倒された格好で横たわった。茜が傍に居る樹里を見遣ると、樹里は優しい笑顔を茜に向けていた。茜には、樹里が、「あとは、麻衣ちゃんに愛してもらいなさい。」と語りかけているように見えた。茜は涙でぐちゃぐちゃになった顔を樹里に向けたまま、二度三度頷き、樹里から視線を離した。

 茜の頂点が、また近づいてきた。茜は、麻衣子の愛を全身に感じながら、麻衣子の愛によって導かれる頂点に思いを馳せた。樹里に弄ばれていたときに比べると茜の気持ちはいくらか落ち着いていたが、それでも涙は止まらなかった。

 麻衣ちゃんを、こんなに感じる。……

 麻衣子は茜が頂点に近づいていることを無意識に感じ取ると、茜の乳房に這わせていた顔を離して茜の顔に近づけ、茜の唇を覆った。茜は麻衣子の頭に両手を回し、麻衣子の唇を感じたまま、最後の階段を一歩一歩上り詰めていった。茜の腕には力が込められるようになった。「いくぅ」の瞬間を麻衣子と一つになったまま迎えたい。茜の無意識の行動を、麻衣子は感じ取った。麻衣子もそれを受けて、唇をきつく茜に押し当てた。

 茜ちゃん。……

 麻衣ちゃん。……

 ほんの数秒の後、茜はびくんびくんと二度大きく全身を震わせたが、二人の唇が離れることは無かった。やがて茜の全身が激しく痙攣し始めた。茜の腕の力が少し抜けたので、麻衣子は茜の顔から唇を離して、まだぼろぼろと涙を流している茜の顔を見つめた。麻衣子は何も言わなかったが、茜は、「麻衣ちゃんと同じところへ行けたよ。」と伝えるように、小さく頷いた。

 麻衣子は、マットの上に横たわって全身の痙攣を続ける茜を抱き締め、頬を擦り合わせた。茜も麻衣子を強く抱いた。二人は抱き合ったまま、茜が麻衣子と同じ経験をすることができたことの喜びに浸った。麻衣子の目からも、茜の目からも涙がこぼれ落ちていた。

 ありがとう、茜ちゃん。……

 ありがとう、麻衣ちゃん。……


 麻衣子と茜から少し離れた場所には、マットに腰を下ろして寄り添い合った、樹里と櫻子の姿があった。麻衣子と茜はお互いの想いを遂げることができた。…… 櫻子が二人の一年生に向けていた顔を樹里の方へ移すと、樹里も櫻子に視線を向けていた。二人はにっこりと微笑むと、軽く唇を触れ合わせた。




Scene. 36



 櫻子に促されて、麻衣子と茜は一旦トレーニングルームを後にした。部屋へ戻る茜の足取りは、まるでKO負けした直後のボクサーのようにふらついていたので、麻衣子は横で茜の身体を支えながら歩いた。茜のお腹のあたりは、まだぴくんぴくんと不規則に波打っていた。

 部屋に戻ると、麻衣子は茜をベッドの上に寝かせ、その横に自分の身体を滑り込ませた。麻衣子が、仰向けになっている茜の顔のあたりに腕を回すと、茜も片腕で麻衣子の頭を軽く抱き寄せた。

「…… すごく気持ち良かった。…… 麻衣ちゃん、ありがとう。……」

 麻衣子は、茜に身体を寄せ、茜に頬擦りすることで、茜の「ありがとう」に応えた。

「ねえ、茜ちゃん。…… 茜ちゃんは、どうしてあんなに感じるようになったの?」

「…… 良く、わからない。…… トレーニングルームで少し身体を動かしていたら、樹里先輩が入ってきて、スパーリングするけど、その前に着ているものを全部脱ぎなさい、って言った。その通りにしたら、樹里先輩はいきなりタックルしてきたんだ。もちろんすぐに倒されて、フォールされちゃったんだけど、…… で、樹里先輩が、ボクの身体を調べてあげる、って言って、ボクのおっぱいとか、下の方も触ってきたんだ。逃げようとしたんだけど、まったく身動き取れなくされちゃって、……」

 すいぶん強引なやり方だな、と麻衣子は思った。麻衣子は、櫻子が部屋に入ってきて、自分に迫ってきたときのことを思い出した。でも、考えてみると、樹里先輩が櫻子先輩のように優しくすり寄ってきたら少し変かな。強引な方が樹里先輩には似合っているのかな、とも麻衣子は思った。

「…… そうしているうちに、少しだけ感じるようになってきたんだ。…… しばらくしたら、樹里先輩はボクの奥の方に指を入れてきた。そうしたら、何か、全身のスイッチが入っちゃったみたいなんだ。…… あとは、麻衣ちゃんが見た通り、…… 身体中感じるようになっちゃってた。……」

「全身のスイッチが、……」

「うん。…… すごかった。…… 頭が割れるかと思うぐらいの刺激、…… 快感、なのかな、…… びちゃびちゃに濡れていくのがわかったし、…… あとはもう、どうにもならないぐらい感じるようになっちゃって、…… すぐに、麻衣ちゃんと同じ経験ができると思った。……」

「…… そうだったんだ。……」

「…… 麻衣ちゃんがトレーニングルームに入ってくる前に、ボク、あともう少しのところまで何回も行ったんだ。…… でも、樹里先輩は、それ以上には行かせてくれなかった。…… ボク、我慢できなくて、どうしていかせてくれないんですか、って縋ったけど、樹里先輩は何も答えなかった。…… 樹里先輩は、麻衣ちゃんが来るまで待っててくれたのかな。…… きっと樹里先輩は、最後の一段は麻衣ちゃんと手を繋いで上りなさい、麻衣ちゃんと二人だけで上りなさい、って思っててくれたんじゃないのかな。……」

 樹里先輩にずいぶん助けてもらったな、と思うと、麻衣子はちょっと悔しいような気がした。が、「私も樹里も、二人が強く結ばれることを望んでいる」という櫻子の言葉を思い出し、麻衣子はそれに甘えることにした。麻衣子は、結果として茜をいかせてあげることができたという事実を素直に喜ぶことに決め、茜をぎゅっと抱き締めた。

 しばらくの間、二人は黙って身体を寄せ合ったまま、お互いの体温を感じていた。麻衣子には、こうして身体を触れ合わせているだけで、茜との絆がどんどん深まっていくように思えた。

「麻衣ちゃん。」

「ん? なあに?」

「…… トレーニングルームに入ってきたとき何も着てなかったけど、麻衣ちゃんも櫻子先輩に、コスチュームを脱ぎなさいって言われたの?」

「えっと、……」

 麻衣子は少し答えに迷い、茜が居なくなったあとに、部屋の中で櫻子と何があったのかを思い返してみた。どうやら、あのとき櫻子が自分に語ったことを、茜は樹里から聞かされていないようだ。それなら、櫻子の言葉と一緒に、自分の想いも茜に伝えておいた方がいいだろうな、と麻衣子は思った。

「…… 状況は、近いのかな。…… でも最後は、私、自分の意志で着ているものを全部脱いだの。……」




Scene. 37



「えっ? そうなの?」

 茜は頭の周りに回されている麻衣子の腕を解いて、少しだけ身体を起こし、びっくりしたような表情を麻衣子に向けて、麻衣子の顔を見つめた。麻衣子には、茜の反応がごく自然に思えた。麻衣子は照れ笑いをして、一瞬だけ茜から視線を外し、再び穏やかな笑顔を茜に向けた。

「茜ちゃんは、樹里先輩に、なぜここでは何も身につけないか、っていう話は聞いた?」

「うーん、…… 樹里先輩は、自分も茜と同じ女性だし、恥ずかしがることはない。裸で居れば、胸とかお尻の筋肉の動きが良くわかるからその方がいいだろう、って言ってたけど。……」

「櫻子先輩はね、…… 樹里先輩に何も隠したくないんだって。週末、二人でこのお家に居るときには、自分のすべてを樹里先輩に見てもらいたい。裸になって、樹里先輩に本当の自分を見てもらって、いっぱい愛してもらいたい、って言ってた。…… 櫻子先輩は、私と茜ちゃんにも、何も隠さずに接したい。そうすることで、私にも、茜ちゃんにも、愛してもらいたいって。」

 茜の顔から驚きの表情が消えていった。やがて茜は、麻衣子の顔を真っ直ぐに見つめ、小さく頷いた。麻衣子はさらに言葉を紡いだ。

「私もそうなの。私もここにいる間は、茜ちゃんに私のすべてを見てもらいたい。何も隠していない私を、茜ちゃんに見てもらって、茜ちゃんにいっぱい愛してもらいたいの。…… 櫻子先輩は、私が着替えをしているときに、部屋に入ってきたの。私はそのとき、ちょうどショーツだけしか身に付けていなかった。私は、その格好で櫻子先輩の話を聞いたの。それで、自分の意思でショーツを脱いだ。…… 茜ちゃんに、私を全部見てもらうため。…… 茜ちゃんに、いっぱい愛してもらうために、私は裸になることを選んだの。……」

 少しずつ潤んでいく麻衣子の瞳を、茜は見つめていた。麻衣子が、「だから、……」と言いかけたとき、その口は、茜の唇によって覆われていた。

 …… 麻衣ちゃん、…… もう何も言わなくていい。…… いっぱい、いっぱい愛してあげる。……

 茜は心の中でそう語りかけながら、麻衣子を強く抱き締めた。再び茜の頭越しに回された麻衣子の腕にも力が込められ、閉じた麻衣子の目尻から、一筋の雫が流れ落ちた。二人は唇を重ね合わせ、お互いの愛を身体全体で受け止めていた。

 長い間唇を重ね合わせていた二人は、どちらからともなく唇を離し、お互いの顔を見つめていたが、やがて、少しだけ表情を崩した茜の口が開いた。

「麻衣ちゃん、…… ボクたちも、樹里先輩と櫻子先輩みたいな関係になりたいね。」

「うん。」

 二人は再び唇を重ね合わせた。




Scene. 38



 麻衣子と茜が部屋を出て、トレーニングルームに戻ろうとすると、トレーニングルームのドアが開いて、中から樹里と櫻子が出てきた。

「あ、ちょうど良かったわ。お昼ごはんの用意ができたって、志乃さんから連絡があったから、お二人を呼びに行こうと思ってたとこなの。じゃ、一緒に行きましょ。」

 櫻子がそう言って、樹里と一緒に麻衣子たちの前を通り過ぎたので、麻衣子と茜は先輩二人のあとに続いた。麻衣子の目の前を、樹里と櫻子は、お互いの腰に腕を回し、寄り添い合うようにして歩いていた。あんな風に茜ちゃんと二人で歩いてみたい。麻衣子の頭の中にそんな考えが浮かんだとき、茜が麻衣子の手を軽く掴んだ。麻衣子が茜の顔を覗くと、茜は嬉しそうに微笑んでいたので、麻衣子は茜を手を繋いで、茜に微笑み返した。私たちにはまだこれぐらいがちょうどいい、と麻衣子は思った。

 ダイニングルームのテーブルに四人が腰を下ろすと、メイド風の衣装を着た志乃が、次々とテーブルの上に美味しそうな料理を並べていった。麻衣子は、さずがに志乃の前に一糸纏わぬ姿を晒すのは抵抗があったが、櫻子も樹里も普段とまったく変わらない様子であったし、志乃も別段驚いた風でもなかったので、自分が全裸であることはできるだけ気にしないようにした。

 用意されたお昼ごはんが、和風の、しかも極めて普通の家庭料理だったことは、麻衣子には少し意外だった。ただ、使われている器も、出されたお箸も、かなりの高級品であることは、麻衣子にも窺い知ることができた。手始めに芋の煮付けを口にした麻衣子は、思わず「美味しい。」と洩らした。決して豪華ではないものの、心のこもった料理であったことが麻衣子にはとても有難かった。

 正面に座った樹里と櫻子の楽しそうな顔を見ながら食事を進めていた麻衣子が、ふと隣りに座っていた茜を見ると、茜は早々に空になったご飯茶碗を目の前にして物足りなそうにしていた。志乃が横からすっとお盆を差し出し、「おかわりですね。遠慮なさらないで、お申し付けください。」と声を掛けたので、茜は照れ笑いをしながら、志乃の差し出したお盆の上に空の茶碗を置いた。樹里と櫻子は、茜の仕草を見て、可笑しそうに笑った。

 お昼ごはんが終わり、四人が連れ立ってトレーニングルームに戻ると、樹里は熱心に茜を指導し始め、麻衣子は櫻子と一緒にマシン中心のメニューとなった。マシンでのエクササイズをひと休みしている間、茜が樹里にいろいろ教えてもらっている様子を、麻衣子は櫻子の横に座って、楽しそうに眺めたりしていた。


 夕食が終わった後も、しばらく四人はトレーニングルームで楽しい時間を過ごした。樹里は相変らず、ほぼ付きっ切りで茜を指導していたが、それがひと段落したところで、櫻子は麻衣子の隣りのエアロバイクを下り、「じゃ、最後に私とスパーリングしましょうか。」と、茜に告げた。茜は、待ってましたとばかりに瞳を輝かせ、マットの中央に進み出て、手首や足首のストレッチを始めた。

 櫻子が円形のラインの内側に入ると、麻衣子はエアロバイクを降りて、ラインのすぐ外に腰を下ろした。樹里は、麻衣子の座っている場所のすぐ後ろ側にある、櫻子が使っていたエアロバイクの負荷を自分用に調節して、ペダルを踏み始めた。やがて櫻子が簡単なストレッチを終えると、初めてスパーリングをしたときのように、茜と櫻子はマットの中央で短い握手を交わし、ぐっと身体を前傾させた。




Scene. 39



 樹里の個人レッスンが早くも実を結び始めたのか、お互いにバックを取ったり取られたりしながら、茜は櫻子とほぼ互角に渡り合っていた。その様子を、樹里はエアロバイクのペダルを踏みながら嬉しそうに眺めていた。麻衣子はと言えば、初めて茜と櫻子のスパーリングを見たときより落ち着いた気持ちでいたものの、全裸でスパーリングを続ける茜と櫻子の姿に、わずかながら欲情を覚えた。特に、ステップを踏むたびにゆらゆらと揺れる、信じられないほど大きくて形のいい櫻子の剥き出しの乳房は、ときおり麻衣子の視線を釘付けにした。麻衣子は、身体の昂ぶりを抑え込もうとせずに、二人が闘うさまに見入っていた。

 お互いに相手を仰向けにできないまま、スパーリングを続ける茜と櫻子の息が少しだけ上がり始めた頃、二人はほぼ同時に相手にタックルをしようと試みた。茜より一瞬だけ行動を起こすのが遅れた櫻子は、中途半端な体勢で茜の両足タックルをまともに喰らい、ほぼ真後ろに倒されそうになった。櫻子が、仰向けに倒される前に身体を捩じろうとするより先に、茜は櫻子にうまく体重を預け、そのまま櫻子を押し倒した。櫻子は防御体勢を取ることができず、わずかの時間の後に、あっさりと両肩をマットについた。

 櫻子は自分が茜にフォールされたことを悟ると、身体の力を抜いた。茜もそれを感じ取り、櫻子の身体の上に伸し掛かったまま、全身の力を抜き、「やったぁ。」と声に出した。

 やがて、茜は身体を起こし、立ち上がろうとした。が、茜は両膝をマットについて櫻子の身体を跨ぎ、櫻子のお腹のあたりに両手をついた格好で動かなくなってしまった。茜の目には、あまりにも美し過ぎる櫻子の裸身が映っていた。

 櫻子が大きな呼吸を繰り返すたびに、そのお腹の動きが、茜の手に直に伝わってきた。その動きと一緒にわずかに揺れる櫻子の乳房に目が行ったとき、茜は唾を呑み込み、無意識に櫻子の乳房へと手を伸ばした。茜の手は櫻子の乳房のすぐ手前で止まり、茜があわててその手を引き戻そうとしたとき、櫻子は茜の手を掴んで、その掌を自分の乳房に押し当てた。

 茜は「あっ、…」と小さな声を上げた。茜の呼吸は荒らぎ、視線が宙を泳いだ。櫻子は空いている掌も茜の手の上に置いて、茜の掌で自分の乳房をさするように動かし、気持ち良さそうに息を吐き出した。茜の心臓は大きな音を立てて鼓動していた。

「いいのよ。」

 櫻子の言葉に、茜が再び櫻子の顔へ視線を戻すと、櫻子はにっこりと笑った。

「…… 茜さん、…… 私を愛していただけない? ………… いいわよね、樹里。」

 櫻子がそう言って、エアロバイクのサドルにまたがってマットの上の二人を眺めている樹里に顔を向けると、樹里は嬉しそうに小さな声を立てて笑い、二度三度頷いた。櫻子は茜の顔に視線を戻し、乳房に当てている茜の掌をゆっくり動かしながら、「お願い。」と呟いた。

 茜の表情が真剣なものに変わった。しばらくの間、じっと櫻子の目を見つめていた茜は、もう一度唾を呑み込み、ほんの少しだけ頷くと、身体を丸め、空いている櫻子の乳房に顔を近づけて、舌先で桃色の乳首に触れた。櫻子はかすかに身体を震わせ、もう一度気持ち良さそうに息を吐き出し、掴んでいた茜の手を離した。櫻子の乳房に押し付けられていた茜の掌は、そこを離れることなく、艶かしく動き始めた。

 茜の舌は、櫻子の身体を這い上がり、首筋からあごの稜線へと動いていった。茜の両手は櫻子の柔らかい乳房の中にわずかに埋まりながら、勃ち始めた櫻子の乳首を弄んでいた。茜の口が櫻子の唇の方へと動きかけたとき、投げ出されていた櫻子の手が、茜の唇との間に、すっと入り込んだ。

「だめよ。……」

 茜は頭をもたげ、少しだけ不思議そうな顔を櫻子に向けた。櫻子は優しく微笑んだ。

「…… 唇だけはだめ。…… この唇は、樹里だけのものだから。……」

 茜は表情を崩し、櫻子の頬に軽くキスしたあと、再び顔を櫻子の豊かな乳房へと移し、櫻子の乳首を口に含んだ。




Scene. 40



 櫻子の口から、喘ぎ声が洩れるようになってきた。櫻子の乳首はぴんぴんに勃ち、茜の指先を咥え込んだ下の唇からも涎が滲み出ていた。麻衣子は、茜が居なくなった部屋の中で櫻子に愛されたとき、背中に押し付けられた櫻子の乳房の感触を思い出した。茜ちゃんは、今、あのおっぱいを愛しているんだ。私も櫻子先輩のおっぱいを愛してあげたいな、と麻衣子は思った。

「麻衣ちゃん。」

 後ろから樹里の声がしたので、麻衣子は声の方に振り向いた。樹里は嬉しそうな表情を麻衣子に向けていた。

「麻衣ちゃん、茜のこと、羨ましいと思ってない?」

 考えていることが、樹里先輩にわかっちゃったのかな、と思うと少し可笑しかった。麻衣子は表情を崩し、首を縦に振った。

「じゃ、麻衣ちゃんも行ってあげなさい。…… いっぱい櫻子を愛してあげてね。」

 樹里の優しい言葉に、麻衣子は満面の笑みを浮かべた。麻衣子は、「はい。」と返事をして、マットの中央で身体を寄せている茜と櫻子の傍へと進んでいった。

 麻衣子は、櫻子の乳首をぺろぺろと舐めている茜の傍で四つん這いになった。茜は麻衣子に気付くと、嬉しそうに微笑み、櫻子の片方の乳房から手を離した。麻衣子はあらわになった櫻子のまあるい大きな乳房に顔を近づけ、舌先で乳首を軽く舐めたあと、大きく口を開けて乳輪を咥え込むように、櫻子の乳房にむしゃぶりついた。

 両方の乳首を同時にしゃぶられるという初めての経験に、櫻子の身体は激しく昂ぶった。茜が櫻子の熱い蜜に濡れそぼった指先を櫻子の口先に這わせると、櫻子は盛んに舌を絡めてきた。その指が櫻子の口から引き抜かれる頃には、櫻子は、普段の穏やかな顔つきからは想像もできないような、淫らな喘ぎ声を洩らし続けるまでになっていた。

「もっと、…… もっと激しくしていいのよ。…… もっと激しく、私を愛して。……」

 一年生二人の舌は、絶え間なく櫻子の乳房の上を這い続けた。時には乳房全体を揺り動かすように、時にはかちかちの乳首をこねるように、麻衣子も茜も、一心不乱に櫻子の乳房に愛を注ぎ続けた。やがて、麻衣子の指先が櫻子の蜜にまみれた茜の指先を追いつき、さくらんぼのようにぷっくりと膨らんだ櫻子の宝珠に到達すると、茜の指はそこを離れて、櫻子のさらに奥へと滑り込んでいった。

 櫻子の喘ぎ声は徐々に大きくなり、泣き声とも叫び声ともつかない切なさを帯びてきた。やがて、櫻子はひときわ大きな喘ぎ声を上げると、びっくんと大きく全身を震わせた。櫻子の端正な顔が苦しそうに歪み、櫻子の両腕は、まだ乳房を舐め続けている一年生二人の頭をきつく抱き込んだ。間もなく、櫻子の全身に痙攣が走り始めた。

 櫻子は、頂点のあとの下り坂をゆっくりと下りていった。櫻子が上り詰めたことを感じ取った麻衣子と茜は、櫻子の下半身を愛していた指を引き抜き、櫻子の大きな乳房からも口を離して、そこに頬擦りをした。「櫻子先輩、私の愛を感じていただけましたか?」、櫻子に身体をぴったりと寄り添わせている一年生二人の姿は、櫻子にそう語りかけているように見えた。




Scene. 41



「…… とても気持ち良かったわ。…… ありがとう。……」

 櫻子は、少しだけ麻衣子と茜の頭に回していた腕の力を抜いた。ようやく痙攣は収まりかけてきたものの、まだ櫻子の呼吸は荒いままだった。

「それじゃ、今日はこれで終わりにしましょう。…… お部屋に戻って、二人だけで愛を育んでいらっしゃい。」

 櫻子はそう言って、茜と麻衣子の額に軽くキスし、腕をだらりと自分の頭の横に垂らした。茜がにっこりと笑って頷き、櫻子の頬にキスをすると、麻衣子も反対側の頬にキスを返した。

 麻衣子と茜は、櫻子の身体を離れて立ち上がり、まだマットの上で大きな呼吸を繰り返している櫻子と、相変わらずエアロバイクのペダルを踏んでいる樹里に向かって小さく頭を下げた。そして二人は、嬉しそうに手を繋ぎ、トレーニングルームのドアを押し開いて、その向こうへと姿を消した。

 それを見届けた樹里は、エアロバイクのサドルから降りて、櫻子の元へと歩み寄った。横たわっている櫻子の傍で樹里が四つん這いになると、二人は軽くキスを交わした。そして樹里は、櫻子の首の後ろに手を回して、櫻子の上半身をマットから起した。

「それじゃ、私たちも部屋へ戻ろう。」

「そうね。」

「櫻子、…… あの娘たちに、随分楽しませてもらったみたいだね。」

「ええ、とっても素敵だったわ。…… その分、今夜は、たくさん樹里を愛してあげられそうね。」

「あはは。それは楽しみだ。」

 樹里が櫻子の腰に手を掛けて櫻子を立たせると、櫻子は樹里の頬にお礼のキスをした。二人はしばらく見つめ合ったあと、お互いに少しだけ声を出して笑い、トレーニングルームのドアの方へ歩き出した。


 麻衣子と茜は、二人に宛がわれた部屋へ戻ると、ベッドの端に並んで腰を下ろし、シューズを脱いだ。そして、そのまま抱き合い、ゆっくりと唇を重ね合わせた。やがて二人は大きなベッドの上で横になり、長い間、お互いの唇を求め合った。

 しばらくすると、二人は唇を離して、身体をぴったりと寄せ、頬と頬をすり付けた。

「今日は、ずっと茜ちゃんと一緒に居られるんだ。…… 茜ちゃんといっぱいキスして、茜ちゃんにいっぱい愛してもらって、…… 一緒のベッドで寝れるんだ。……」

「うん。そうだよ。…… 今夜はずうっと、麻衣ちゃんと一緒だよ。」

「嬉しい。……」

「麻衣ちゃん、…… いっぱい愛してあげる。……」

 茜は再び麻衣子の唇を覆った。そして、わずかに身体を起こし、掌を麻衣子の乳房に置いて、優しく動かし始めた。麻衣子はぴくんと身体を震わせ、茜の頭を抱き寄せて激しく唇を求めた。やがて麻衣子の唇を離れた茜の舌は、麻衣子の身体を這い下り始めた。そして、その舌先が麻衣子の胸の膨らみに届いたとき、茜の指も、麻衣子の蕾へと滑り込んでいった。




Scene. 42



 櫻子の身体の下で、樹里は大きく呼吸を繰り返しながら、今しがた味わった頂点へ思いを馳せていた。これだけ櫻子が激しかったのは久しぶりだ。きっと、茜と麻衣ちゃん、同時にしてもらったのがよほど良かったせいなのだろう。二人には感謝しないといけないな、と樹里は思った。櫻子も、こんなに樹里が乱れたのは久しぶりだと感じていた。

 樹里の痙攣が収まりかけた頃、二人の部屋のドアをノックする音が聞こえた。櫻子は樹里の身体の上で身を起こし、「はあい。」と返事をした。すると、ドアの向こうから、「志乃です。」という声が返ってきた。櫻子が志乃に入室を促すと、黒のメイド風の衣装を纏った志乃がゆっくりとドアを開け、部屋の中に入ってきた。静かにドアを閉めた志乃は、振り返ってドアの傍で腰の前で手を組み、恥ずかしそうに顔を赤らめて俯いた。

「…… 櫻子様、樹里様、…… お情けを頂戴に上がりました。……」

「お待ちしていたわ。志乃さん。さ、遠慮せずに、こちらへいらっしゃい。」

 志乃は消え入るような小さな声で、「はい。櫻子様。」と返事をすると、樹里と櫻子の居るベッドの方にゆっくりと歩いてきた。櫻子はベッドを降り、ベッドのすぐ手前で立ち止まった志乃の背中へ回って、志乃の衣装のファスナーをすっと引き下ろした。黒の膝丈ワンピースが、わずかな衣擦れの音と共に絨毯の敷かれた床に落ちると、清楚な感じのする白いブラとスキャンティだけになった志乃の肉体が、二人の女学生の前にさらけ出された。

「さあ、志乃さん、こちらへ。」

 ベッドの上で身を起した樹里に促され、志乃はベッドの上へと身体を滑らせた。樹里は志乃の背中から抱えるようにして、志乃をベッドの真ん中まで引き寄せると、志乃の背後に腰を下ろして、志乃のブラのホックを外した。ブラのカップが身体を離れると、その中に少し窮屈そうに収まっていた大きな白い乳房が姿を現し、背後から伸びてきた樹里の大きな手が、すぐにその膨らみを覆った。

 櫻子もベッドの上に戻り、志乃の股間に顔を近づけて四つん這いになった。そして、白いスキャンティにくっきりとついている濡れ跡に、指先で触れた。

「まぁ、志乃さん、もうこんなに濡れちゃってるのね。……」

 櫻子がこねるように指を動かすと、その濡れ跡はみるみる広がり始めた。すでに志乃の口からは、切ない声が洩れ始めていた。

「…… ぁん …… 櫻子様と樹里様に愛していただけるかと思うと、…… んぁっ …… 志乃は、我慢できなくなってしまうのです。…… 一介の使用人の身の上でありながら、…… 志乃は、…… ああん ……」

「いいのよ、志乃さん。…… 今夜もたくさん愛してあげるわ。……」

 櫻子は相変わらず志乃のスキャンティの濡れ跡の上で指をこねながら、その部分を咥え込んで舌先で弄び始めた。樹里は纏め上げられた志乃の髪の下に覗いているうなじに舌を這わせ、両手で志乃の乳房を揉みしだき、薬指で志乃のしこった乳首を刺激し続けていた。

 櫻子が大きな濡れ跡を残した志乃のスキャンティをめくり取る頃には、志乃の顔は歪み、喘ぎ声が止まらなくなっていた。やがて、櫻子の指が志乃の下半身の中へと深く入り込んでいった。櫻子の指が志乃の奥深くで動き出すと、三十女の熱い蜜が櫻子の指を伝って流れ始めた。櫻子は自分の指を咥え込んでいる志乃の女性自身にぴったりと唇をつけ、音をたてて志乃の蜜を吸い取っていった。

 志乃の喘ぎ声が上ずり始めた。真っ赤な紅を引いた唇は震え、閉じられた目尻から、光る雫が流れ落ちた。

「…… 櫻子様、樹里様、…… あ、あぅっ …… 志乃は、…… 志乃は、果報者でございます。…… んくぅっ …… あん …… あああん ……」

 喘ぎ声の合間にそれだけ言うと、志乃はひときわ大きな喘ぎ声を洩らした。そして志乃は、ぴくぴくと痙攣する身体を樹里に凭れ掛け、意識を失った。




Scene. 43



「…… いくっ、…… いくぅっ、……」

 麻衣子の身体がぷるぷると震え出した。茜が麻衣子の敏感な部分に這わせていた指と舌を離すと、麻衣子は身体を丸めて、茜にきつくしがみついてきた。茜は麻衣子をそっと抱き寄せ、麻衣子の額に掛かっていた髪をかきあげると、そこにぴったりと頬をつけた。


 茜の腕の中で、茜の体温を感じながら、麻衣子は悦びの余韻に浸った。しばらくすると、心も身体も少しだけ落ち着きを取り戻した麻衣子は、「ありがとう、茜ちゃん。」と呟いた。

 やがて麻衣子は、茜の乳房を優しくさすり始めた。茜は横に向けていた身体を仰向きにして、気持ち良さそうに、ゆっくりと大きな呼吸を繰り返した。麻衣子の掌には茜の乳首が少ししこっているように感じられた。麻衣子が茜の乳房に顔を近づけ、乳首に指を立てると、茜はぴくりと身体を震わせた。

「…… 茜ちゃん、…… 感じるの? ……」

「…… う、うん。…… すごく気持ちいい。……」

 麻衣子は身を起こして茜の身体の上に乗り、茜の乳首を口に含んだ。麻衣子が優しく舌先で茜の乳首を転がすと、茜は小さな声を上げた。麻衣子の手が無意識に茜のもう片方の乳房に伸びた。麻衣子が優しく茜の乳房に愛撫を続けると、茜の乳首は徐々に固くなり、やがてぴんぴんに勃ち切った。茜の呼吸は荒くなり、喘ぎ声もはっきりと洩れるようになっていた。

「…… 麻衣ちゃん、…… もっと、…… もっと、して。……」

 茜の口から、おねだりの言葉が洩れた。前日までの茜とはまったく別人のように、茜は麻衣子の愛によって、激しく昂ぶっていた。麻衣子は茜の股間へと指を滑らせた。茜の花びらは、茜の湧き水でしとどに濡れ、入り込んできた麻衣子の指先を咥え込んだ。

「…… 茜ちゃん、もうびちゃびちゃになってる。…… 私、もう茜ちゃんを、こんなにびちゃびちゃにしてあげることができるんだ。……」

 もう、自分ひとりで茜を昂ぶらせることができる。誰の力を借りなくても、自分の愛だけで茜を頂点に連れて行ってあげることができる。…… 麻衣子はそんな嬉しさを指と舌先に込め、茜の身体を愛し続けた。

 麻衣子が、熱い潤みにまみれた茜の蕾を優しく撫でると、茜は大きく身を捩り、泣いているような切ない喘ぎ声を洩らした。茜の息遣いは荒く、不規則になっていた。

「…… あん …… 麻衣ちゃん、…… もっと、…… んああん …… もっとぉ、……」

 麻衣子は、茜の蕾を撫でながら、茜の肉襞の奥へともう一本指を差し入れた。その指先を歓迎するように、茜の泉は後から後から湧き水を溢れさせた。麻衣子が茜の湧き水の中で指先を荒々しく動かすと、茜の喘ぎ声は獣のように激しくなった。茜の階段は、あとわずかしか残っていなかった。

「…… ああん …… ゃああん …… いくぅっ、…… いくぅううぅっ。……」

 麻衣子が茜の中で指を強くこねると、茜はひときわ大きな叫び声を上げ、身体を反り曲げた。茜の全身を激しい痙攣が襲った。茜の視線は焦点を失い、だらしなく開けられた口からは、「…… ぁ …… ぁぁ ……」という呻き声が洩れ、涎がだらだらとこぼれていた。




Scene. 44



 茜の激しい頂点は、茜の身体を長い時間痙攣させ続けた。やがて茜は、不規則にお腹をぴくぴくと震わせながら、茜の身体から下りて少しだけ身体を起こした麻衣子の顔を見つめた。茜は怯えているようにも聞こえる小さな泣き声を洩らし、ぼろぼろと涙を流した。

 麻衣子は微笑を取り繕って茜の顔を見つめ返し、茜の頬を流れ落ちる涙を優しく拭った。茜は麻衣子の手の感触を感じ取ると、麻衣子の顔から視線を外し、少しだけ声を上げて泣き続けた。麻衣子の瞳からも涙がこぼれ落ちてきたが、麻衣子はそれを拭おうとせず、ひたすら茜の頬を流れ落ちる涙を拭った。

 やがて、麻衣子が茜の頬に自分の頬をぴったりと擦り付けると、茜は麻衣子の身体を強く抱いて、奪うように麻衣子の唇を求めてきた。麻衣子が茜の唇を受け取ると、茜は麻衣子の唇の中に舌を捩じ込んできた。茜がこれほどまでに麻衣子の唇を強く激しく求めてきたのは初めてのことだった。麻衣子は茜の頭を抱き寄せて、茜の舌に自分の舌を絡めた。茜のお腹は、まだぴくぴくと不規則に波打っていた。

 二人の唇が離れる頃には、茜の痙攣も完全に収まったが、茜は両腕は、まだ麻衣子の身体にきつく巻きついたままだった。

「麻衣ちゃん、…… ボク、もっと麻衣ちゃんとしたい。…… ね、もう一回しよ。……」

「…… 茜ちゃん、……」

 麻衣子は茜の名前を口に出すと、そのまま茜の唇を覆った。二人が激しく唇を求め合っていると、麻衣子の花びらの中に、茜の指が入り込んできた。麻衣子は小さな声を洩らし、自分の指も茜の花びらの中へ差し入れた。

 茜は麻衣子の指を感じると、身体を捩り始めた。茜の乳房に押し付けられていた麻衣子の乳房が歪み、乳首が擦れ合った。麻衣子も茜の身体にぴったりと乳房を押し付け、切ない声を洩らしながら、盛んに身体を捩った。二人はじっとりと汗ばんだ身体を相手に擦り付け、汗で滑るような感覚や、盛んに擦れ合う乳首の刺激に、大きく身体を昂ぶらせていった。

 お互いの指の動きも、優しいものから激しいものへと変わってきた。茜は自分が再び頂点へ向かっていることを感じた。

「麻衣ちゃん、…… ぁん …… 一緒に、…… 一緒にいこう。……」

「…… うん。…… はあん …… あああん ……」

 やがて、麻衣子も自分がもうすぐ上り詰めること感じ取った。麻衣子はそれを伝えるように、茜の中に差し入れている指の動きを早めた。すると、茜の喘ぎ声も上ずり始めた。

「…… あああ …… ひゃぁぁん …… いく、…… いくぅぅ、……」

「…… 茜ちゃん、…… 私も、…… ああん …… いくぅ、……」

「…… 一緒に、…… あああああん、…… 麻衣ちゃん、…… 一緒に、……」

「…… 茜ちゃん、…… いゃぁあん …… 一緒にいこう、…… ああああん ……」

「…… はあっ、…… いくぅ、…… いくぅぅっ!……」

 やがて、二人は同時に大きく身体を震わせ、どちらからともなく唇を求めた。二人は身体を痙攣させながら、一緒に上り詰めることができたことの喜びに涙した。そして、相手の頭を抱きしめ、きつく唇を押し付けて、涎にまみれた舌を絡め合った。


 二人の愛の営みは夜遅くまで続いた。何度も濃厚なキスを繰り返し、尖り切った乳首を舐め、股間に頭を埋めて蕾に舌を這わせ、溢れる湧き水をすすった。二人は身体を絡め合ったまま、激しい一夜を過ごした。




Scene. 45



 翌日の朝、麻衣子と茜は前の日と同じようにシューズを履いただけの姿でダイニングルームに向かい、櫻子達と一緒に朝食を摂った。茜は志乃の作った焼きたてのロールパンを頬張っては、何度も、「おいしいなぁ。」と呟いた。

 朝食のあと、四人が温かい紅茶を口にしながら楽しく語らっていると、志乃が櫻子に電話がかかってきている旨を伝えた。電話の相手は母親の愛子で、「至急に資料が必要になったので、自宅のパソコンから送ってもらいたい」とのことだった。少し時間がかかりそうだったので、櫻子は樹里と一年生二人に先にトレーニングルームに行ってもらうようにと伝えた。

 母親に頼まれた作業を終えた櫻子は、三人の待つトレーニングルームに向かい、入り口のドアを開けた。トレーニングルームの中の光景を目にした櫻子は、思わず「あら」と声を上げ、クスクスと笑った。そこには、マットの上に仰向けになって四肢を投げ出している樹里と、その鍛え上げられた身体のそばに四つん這いになって、たわわに実った樹里の張りのいい乳房を口に含み、かちかちにしこった乳首を盛んにしゃぶっている麻衣子と茜の姿があった。

 一年生二人に乳房を愛されている樹里は、櫻子がトレーニングルームに入ってくることに気づくと、少しだけ恍惚とした表情を櫻子に向けた。

「ああ、櫻子。…… 昨日、櫻子が茜たちにおっぱいを愛してもらったのを見てたら、私もどうしても試してみたくなっちゃって。…… 二人にお願いしちゃった。」

「うふふっ。どう、とっても気持ちいいでしょう?」

「ああ。すごく素敵な気分だ。…… とっても気持ちいい。……」

 樹里はそれだけ言うと、気持ち良さそうに大きく息を吐き出し、目を閉じた。櫻子はもう一度嬉しそうに笑うと、「じゃ、わたしも混ぜてもらおうかしら。」と呟き、樹里の下半身の方へと歩を進めた。

 櫻子はマットの上に膝をついて樹里の股を少し広げると、樹里の乳房をしゃぶり続けている茜は、とろんとした目を櫻子に遣り、樹里の宝珠を撫で回していた指をすっと引き抜いた。

「まぁ、もうこんなに濡れてるわ。…… 本当に気持ちいいのね、樹里。……」

 櫻子は樹里の蜜に光っている茜の指先を口に含んで、それを舐め取るように舌を絡めたあと、樹里の股間を抱え込んで、樹里の花びらから垂れている雫をすすり始めた。樹里は櫻子の感触を下半身に感じると、「あああ」と声を洩らし、わずかに身体を反らせた。樹里の蜜壷からまた熱い蜜が洩れ出すと、その蜜は樹里の花びらの中に入り込んできた櫻子の舌先へと染み込んでいった。

 樹里の身体は火照り始め、口から喘ぎ声が洩れるようになってきた。身体を捩り始めた樹里の右手に茜の手が伸びてきた。掌同士がぴったりと重なり、茜が樹里と指を組み合わせると、樹里も茜の指を握り返してきた。いつしか樹里の左手も、麻衣子の手をしっかりと握り締めていた。樹里の蜜壷からは熱い蜜が溢れ続け、ぷっくりと膨らんだ宝珠をもてあそんでいる櫻子の舌先に絡みついていった。

 樹里の呼吸はだんだん速くなり、「はあっ、はあっ、」と聞こえてくる呼吸音も大きくなってきた。櫻子とかわいい一年生二人によって築かれていく階段を、樹里は一歩一歩上っていった。そして、最後の一段は、もうすぐそこまで近づいていた。

 やがて樹里の身体が大きくびくんと震えた。麻衣子と茜は、樹里の砲丸のような大きな乳房から口を離し、樹里の顔に自分の顔を近づけて頬擦りを始めた。樹里の蜜を最後の一滴まで舐め取った櫻子は、顔を上げて、ぴったりと頬をくっつけ合っている三人の姿を見つめ、にっこりと微笑んだ。一年生二人の頭に腕を回して軽く抱き寄せている樹里の瞳は、少しだけ涙で潤んでいた。




Scene. 46



 お昼ご飯の時間が近づいてきた頃、マットの隅に座り込んで、マットの上で茜が樹里にいろいろ教わっている様子を眺めていた麻衣子は、隣に腰を下ろしている櫻子に、「お手伝いをしながら、志乃さんと話がしてみたい。」と申し出た。麻衣子はどうしても、櫻子の家に着いてから最初にいただいたお茶菓子の作り方を志乃に教えてもらいたいと思っていたし、それ以外にも、お料理のことや家の手入れのことなど、麻衣子には志乃に尋ねたいと思っていることはたくさんあった。

 櫻子が麻衣子と一緒にダイニングルームに向かい、すぐ傍のキッチンでお昼に出す料理を作っている志乃にそのことを伝えると、志乃は、「お客様の手を煩わせるなんて、とんでもない。」と断った。が、麻衣子がどうしても志乃と話がしたいからと言い張ったので、結局志乃が折れる形になった。

 裸のままだと少し危ないかも知れないからということで、志乃は自分が身につけていた大き目のエプロンを脱いで、麻衣子の肩から掛けてやり、麻衣子の背中に回ってエプロンの腰紐を結んだ。それを見届けると、櫻子はにっこりと微笑んでトレーニングルームへと戻っていった。

 簡単な作業を手伝いながら、麻衣子は志乃とおしゃべりを楽しんだ。麻衣子は志乃の話を聞けば聞くほど、「この人は何でも知っている」と思うようになっていった。志乃は、ときおり麻衣子の口から出てくる賛辞を、顔を赤らめながら否定はしていたものの、とても嬉しそうに麻衣子との時間を過ごした。その日の夕食前のひとときも、麻衣子はキッチンで準備をしている志乃の許を訪ねて、手伝いをしながらおしゃべりに熱中した。


 夕食後の軽めのエクササイズを終えた麻衣子と茜は、トレーニングルームに樹里と櫻子を残して部屋に戻った。靴を脱いだ二人は、少しの間お互いの顔を見つめたあと、腕を相手の身体に回してキスを交わした。

 やがて、茜がわずかに身体をくねらせ始めると、麻衣子の柔らかい乳房は、茜の張りのいい乳房に押し付けられて歪んだ。その刺激に昂ぶった麻衣子は、茜の唇の中に舌を捩じ込み、回している腕に力を込めて、茜の身体を強く引き寄せた。熱い吐息を洩らしながら、二人は長い間唇を相手に押し付けて舌を絡ませ合い、そして、ベッドの上へと身体を運んだ。

 茜の身体は、もう何の障害もなく麻衣子の愛を受け入れられるようになっていた。麻衣子が茜の乳首をしゃぶると、茜は「あん」と声を洩らし、身体をぴくんと震えさせた。麻衣子の指が茜の下半身に伸びる頃には、茜の花びらは湧き水を滴らせるほど、びちゃびちゃに濡れていた。

 二人は、唇を、舌を、指を、激しく求め合った。そして、呼吸を荒らげ、想うままに声を洩らした。

「…… 麻衣ちゃん、…… もっと、…… あん、……」

「…… 茜ちゃん、…… そこぉ、…… そこがいいのぉ。……」

「…… はあ、…… はあ、…… 麻衣ちゃん、……」

「…… ああん、…… 茜ちゃん、…… いくぅ、…… いっちゃうぅ、……」

「…… ボクも、…… ぅあん、…… ボクも、いく。…… あああんっ、……」

 二人に宛がわれた大きなベッドの上で、二人は何度も絶頂に上り詰めた。やがて、エクササイズと愛の営みによって心地良い疲れに包まれた二人は、汗と唾液と愛の湧き水にまみれた身体を寄り添い合わせるようにして、深い眠りへと落ちていった。




Scene. 47



 麻衣子と茜が過ごした夢のような三日間も、最後の夕食を迎えた。四人の女学生は、今までと同じダイニングテーブルを囲む席に腰を下ろし、志乃がおいしそうな料理の乗ったお皿を並べていくさまを眺めていた。最後の食事ということもあってか、その日の夕食は前の二日より品数も多く、少し豪華な感じが漂っていた。

 四人は、「いただきます。」と声に出し、思い思いの料理に手を伸ばし始めた。しばらくすると、部屋の隅に控えていた志乃が、俯き加減に櫻子に近づいてきた。

「…… あのう、…… 櫻子様、…… 一つ、お願いがあるのですが。……」

 櫻子は、微笑みながらも少しだけ困ったような顔を志乃に向けた。

「志乃さん。いつも言ってるけど、私の前ではそんなに畏まらなくてもいいのよ。…… で、なあに、お願いって?」

「…… はい、…… わたくし、この週末をとても楽しく過ごさせていただきました。それで、…… もし不都合がないようでしたら、来週の週末、また麻衣子様と茜様をお屋敷に招いていただけないでしょうか。…… 本当に勝手なお願いで、まことに申し訳ないのですが、……」

 志乃の言葉に、四人全員の手の動きが止まった。麻衣子と茜は、二人揃ってきょとんとした表情で、向かい合っている櫻子と志乃の方へ視線を向けた。櫻子は少しの間表情を変えずにいたが、すぐに緊張を解いて、にっこりと微笑んだ。

「ああ、そうね。次の週末もゴールデンウイークにかかるから、お母様たちや樹里の先生は、ここにはいらっしゃらないんですものね。…… あのお部屋も空いていることだし。……」

 櫻子はそこで一旦言葉を切り、隣の席に座っている樹里に視線を移した。樹里は、「もちろん私もそうして欲しい。」と言いたげに、嬉しそうに頷いたあと、志乃に笑顔を向けた。

「ねえ、麻衣子さん、茜さん。私も樹里もすごく楽しかったし、今度の週末もここへいらっしゃらない? 志乃さんのためにも、ぜひそうしていただけないかしら? 私からもお願いするわ。」

 櫻子にそう問いかけられた麻衣子は、少し俯いて大きく息を吐き出した。少しの間だけ口を閉じて大きな喜びに浸っていた麻衣子は、再び櫻子に視線を戻した。

「はい。…… もちろん、お招きいただければ喜んで伺います。…… 次の週末は四連休ですね。櫻子先輩と樹里先輩、それに茜ちゃんとここで四日間も過ごすことができるなんて、本当に夢のようです。…… ね、茜ちゃん。」

 麻衣子が茜の顔に目を遣ると、メインディッシュの肉料理を頬張っていた茜は、もぐもぐと口を動かしながら、瞳を輝かせて嬉しそうに何度も首を縦に振った。その様子を見ていた櫻子はにっこりと微笑み、志乃に視線を戻して小さく頷き、さらに表情を崩した。

「…… ああ、ありがとうございます。わたくし、とても嬉しゅうございます。」

 櫻子の傍で、思いつめたような面持ちで佇んでいた志乃は、了承の合図を受け取って、顔一杯に笑顔を浮かべてそう口に出した。そして四人の女学生に向かって深々と頭を下げると、再び使用人が控えているべき位置に戻り、ぴんと背筋を伸ばした。


 食事を続けている最中、麻衣子はたくさんの料理が並べられているテーブルの上で交わされている会話から離れて、壁際に立っている志乃に顔を向けた。麻衣子と視線が合うと、志乃は背筋を伸ばしたまま顔をほころばせて、とても嬉しそうに小さく頷いた。




Last Scene



 園の駐車場で黒塗りのリムジンから降りた四人の女学生は、運転席で小さく頭を下げた志乃に向かって手を振った。走り去るリムジンの姿が視界から消えると、四人は寮へ向かう小道を歩き始めた。

 樹里と櫻子に宛がわれている寮の部屋は少し離れた場所にあるようだったので、麻衣子と茜は、道の途中で魅力的な先輩二人と別れて、自分たちの部屋のある建物の方へと進んだ。自分の部屋がある建物の入り口に着いた麻衣子は、お別れの挨拶にと、茜にキスしようとしたが、茜は何も言わずにそれを遮り、麻衣子の着ているシャツの袖を掴んで一歩二歩と歩き出した。そして、茜が向かおうとしている場所が、「お別れのキス」を始めて二人が交わした場所であることを麻衣子が気付くには、それほど時間はかからなかった。


 その場所の近くまで来ると、麻衣子は先を歩いていた茜を追い越して、初めて二人がキスを交わしたときに自分が立っていたのとまったく同じ場所で、背にしていたバッグを地面に置いて、茜の方に身体を向けた。茜も肩に掛けていた大きなバッグを地面に下ろして麻衣子に近づき、麻衣子の腕を軽く掴んだ。

「…… ボク、この三日間のこと、絶対に忘れない。…… 麻衣ちゃんの愛で女の子の悦びを知った、あのときのこと、一生忘れない。……」

 麻衣子は黙って茜の言葉を聞いていた。

 今、自分が立っているこの場所で、初めて茜にキスしてもらったこの場所で、茜との関係が始まった。…… ここは私にとって、大切な、一生忘れることのできない大切な場所。……

「麻衣ちゃん、…… 愛してる。……」

 茜の言葉に少しだけ目を伏せた麻衣子の瞳から、一筋の涙が流れ落ちた。茜は麻衣子に身体を寄せて、麻衣子の顔に自分の顔を近づけ、麻衣子が再び自分の目に視線を戻すのをじっと待った。

 やがて麻衣子が茜の顔に視線を戻し、二人は見つめ合った。ゆっくりと、ゆっくりと、二人の唇は近づいた。そして、初めてのキスのときと同じように麻衣子が目を閉じると、茜の柔らかい唇の感触が麻衣子の唇を覆った。



 二人の関係が始まったときと同じ、唇同士がくっついているだけの、軽いキス。


 それでも、自分の「愛してる」を伝え合うには充分過ぎるほどの、素敵なキス。



 夜空はたくさんの星が輝き、生まれてから一番楽しかった週末を過ごした若い二人の女学生を見下ろしていた。その星明りの下で、麻衣子と茜はお互いの頭を優しく抱き寄せて唇を重ね合わせたまま、いつまでもいつまでも幸せな時間を刻み続けた。



「新入園生・麻衣子の恋人」 了


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