Lez-Box a go-go!!


第二話




 ヘッドギアと十六オンスのグローブを身につけた慧と麗子は、リングの真ん中で、とてもスパーは思えないほどの激しい打ち合いを演じていた。やがて、スパーの最終ラウンドの終わりを告げるベルが鳴ると、二人の動きはぴたりと止まり、二人はその場にへたり込んだ。


 麗子から申し出があった通り、慧は週に一度のペースで麗子の家を訪れ、麗子の私設コーチをしている三十代後半の女性について、麗子と一緒にジムワークに励んでいた。そして、日々の練習の最後に、スパー用の道具は使うものの、四ラウンドの真剣勝負で行うのが恒例となっていた。

 レフェリーを務めていたコーチが二人の方に歩み寄ると、慧も麗子も真剣な眼差しで彼女の顔を見つめ、彼女の口が開くのを待った。

「…… うーん、今日はレイの勝ちかな。……」

 コーチが迷い顔でそう言うと、二人の娘は対照的な反応を示した。

「やったぁーーっ !! 」

「あーーん !! 」

 勝者と認定された麗子は、大きなグローブをはめた両手を突き上げて、全身で喜びを表した。敗者になってしまった慧は、天を仰いで落胆の声を上げ、そのままキャンバスの上にごろりと寝転がった。


 一日の練習の締めとなるスパーが終わり、コーチは二人のグローブを脱がせ始めた。麗子は先にグローブを脱ぎ終わり、嬉しさを顔一杯に溢れさせてコーチに礼を言うと、鼻歌交じりに自分のヘッドギアを脱ぎ始めた。慧はコーチにグローブを脱がせてもらっている間も、悔しそうな表情を顔一杯に広げたまま、勝者の麗子を忌々しそうに見つめていた。

 二人のグローブを脱がせ終わると、コーチは少し呆れたような笑顔を教え子の娘たちに向けた。

「いつも思うんだけど、あなたたち、なんでそんなに勝ち負けにこだわるの? あなたたちがどうしても、って言うから、いつもどちらが勝ちなのかを私が決めてるけど、別にスパーなんだからどうでもいいじゃない。」

「あ、そんなことないんですよ、先生。どっちが勝ちなのかは、すんっっっごく重要なんですよぉ。… ねー、サトル?」

 慧は、嬉しさを隠そうとしない麗子の顔から視線を逸らし、相変わらず悔しそうな表情を変えずに、さも嫌そうに小さく頷いた。

 コーチの女性は、二人の子供のような行動を見て、少しだけ声を上げて笑った。負けず嫌いもここまで来ると大したものだ、と彼女は思った。

「まあ、お互いに相手に勝ちたいと思う気持ちは大切だから、私もあまり気にしないことにしましょう。…… いよいよ来週は最後の対抗戦ね。二人とも頑張ってね。…… それじゃ、私はこれで失礼するわね。」

 コーチが笑いながら娘たちに小さく手を振ると、麗子は嬉しそうに、慧は悔しそうに、コーチに挨拶を返した。

 コーチがジムのドアから出て行ったことを確認すると、麗子はそれまでよりもさらに表情を崩して、慧に身体を寄せてきた。

「さあ、それじゃ、敗者のサトルくんにたっぷりご奉仕してもらうことにしようかなー。」

「うー。悔しいなぁ。対抗戦の前はこれが最後だから、絶対に勝ちたかったのに。……」

 麗子が嬉しそうに立ち上がると、慧もしぶしぶキャンバスから腰を上げた。






 麗子の部屋の大きなベッドの上で、麗子は汗ばんだ身体を少しだけ震わせながら、気持ち良さそうに深い呼吸を繰り返し、頂点からの余韻を満喫していた。麗子の股間から洩れてくる湧き水を最後の一滴まで舐め取った慧が、身を乗り出して麗子の身体に覆い被さると、麗子は慧の首に腕を巻きつけ、慧に頬擦りを始めた。

「はい。お疲れ様でした。とっても良かったわよ。」

 麗子の言葉に、敗者の義務を終えた慧は、自嘲気味に顔を緩ませた。

 スパーに負けたら、上り詰めるまで相手を舐め尽くし、愛撫し尽くす。…… 練習を終えたあとの二人の愛の営みは、いつもそこから始まった。


 しばらく二人が身体を重ね合わせていると、慧の耳元で麗子が囁いた。

「ねえ、今度の対抗戦も、何か賭けるでしょ?」

「もちろん。…… うーん、何がいいかなぁ。………」

「対抗戦は大きな試合だし、戦利品も大きい方がいいわね。…… あ、そうだ。負けたら、勝った方の願いを、どんなことでも一つだけ叶える。…… こんなのはどうかしら?」

「ああ、面白そうだね。えへへへ、何でもいいんだよね。…… 何してもらおうかな。」

「あら、もう勝った気でいるの?」

「もちろんそうだよ。あー、どうしよう。悩んじゃうなぁ。」

「あははは。何かとんでもないことを考えていそうね。…… 私もちゃんと考えておくからね。…… じゃ、この話はこのぐらいにして、楽しみましょ。」

「うん。」

 返事をした慧は、頭をもたげて麗子の唇を覆った。この日の二人の愛の営みは、まだ始まったばかりだった。






 秋の対抗戦最終日、明光高のバンタム級代表として学生最後の試合に臨む慧は、明光高控室の椅子に腰を下ろし、名物マネージャーで、『乳揉み魔』としても名を馳せた本田留美に、グローブのテーピングをしてもらっていた。

「…… はい、終わり。じゃ、頑張ろうね、慧。」

「…… ねぇ、…… 留美ちゃんがボクの試合だけセコンドにつく理由って、…… やっぱり、…… そのう、……… ボクのおっぱいがお目当てだからだよねぇ?」

「当たり前でしょ。そんなこと聞くもんじゃないわよ。…… それに、藤咲さんのおっぱいもすんごく魅力的だし。こぉんな美巨乳対決、間近で見届けるチャンスを見逃す手なんてあるもんですか。」

 当たり前、という留美の言葉に、慧は力なく笑った。慧は椅子から立ち上がって、身体を動かし始めたが、二、三分もすると動きを止め、そばでその様子を見ていた留美に話しかけてきた。

「うーん、このタンクトップ、何とかならないかなぁ。……」

「それは、慧のおっぱいが大きすぎるのがいけないんじゃないの? ま、おっぱいが大きいことは、留美さんにはすごくありがたいことなんだけどね。」

「でも、胸周りがきつくて、…… 何か窮屈な感じ、……」

「あー、わかった、わかった。何とかしてあげましょう。」

 留美はいきなり慧の着ている薄紅色のタンクトップの肩の辺りを両手で掴み、力任せに引っ張った。すると、その部分が必要以上に伸び切ってしまったので、袖口や首周りから、慧の豊かな乳房がこぼれんばかりになってしまった。

「ああーっ。」

「どう? これなら問題ないでしょ?」

「確かに窮屈じゃなくなったけど。…… でもこれじゃ、ちょっと動いたらおっぱい丸見えになっちゃう。……」

「いいじゃないの。どうせ会場には女の人しかいないんだし。明光一の巨乳ファイター、高橋慧ここにあり、ってアピールするチャンスよ。」

「んもー、ひとごとだと思ってぇ。」

「おっぱい見られて少しだけ恥ずかしい思いをする程度で済むんだったら、窮屈な思いをして負けるよりいいでしょ?」

「そりゃそうだけど、……」

「じゃ、文句言わない。…… もう時間もないし、替えのユニフォームもないから、今日はこれで試合してね。うふふふ。」

 ひょっとしたら、留美にハメられたんじゃないだろうか。…… 嬉しくてたまらない、という感じの留美を横目で見ながら、慧がそんなことを考えていると、二年生の部員が控室に来て、慧と留美に会場入りするように伝えに来た。彼女は、伸びきったタンクトップの中に収まっている慧の大きな乳房を見て一瞬だけ驚いた表情を見せたが、すぐにうっとりと溜息をついた。






「慧、ちゃんとウォーミングアップしとかないと、やられちゃうよ。どうせ試合が始まったら見えちゃうんだから、いいかげんに覚悟を決めなよ。」

「…… う、うん。……」

 すでにリングに上がり、赤コーナーに身体を向けて、胸を隠すようにして小さく身体を動かしている慧に留美が声をかけると、慧は生返事を返し、少しだけ身体の動きを大きくした。

 やがて、試合前の注意のためにレフェリーの女性に呼ばれ、慧はリングの中央に進み出た。青コーナーからは、麗子が同じようにリングの真ん中に歩いてきた。

 レフェリーの注意を聞いている間、慧は清高のリングコスチュームになっている水色のタンクトップの中に窮屈そうに収まっている麗子の大きな乳房に目を遣った。多少窮屈でもこの方が良かったなぁ、と慧は思った。麗子は慧のタンクトップを見て、少しの間だけ目を丸くしていたが、すぐに表情を戻した。

 レフェリーの注意が終わって、二人が一旦それぞれのコーナーに戻ると、麗子はセコンドを務めている女学生に、ロープ越しに二言三言囁いた。

 間もなく試合開始のゴングが鳴った。青コーナーを離れた麗子の水色のタンクトップは、慧が羽織っている薄紅色のタンクトップと同じように、肩ストラップの部分が大きく伸び、その大きな乳房が大きく顔を覗かせていた。麗子は慧と向かい合うと、ニヤリと笑って左手のグローブを前に伸ばした。慧も嬉しそうに微笑みを返し、突き出された麗子のグローブを左手のグローブでタップした。






 お互いにKO以外は眼中にないからなのか、二人は序盤から足を止めて激しく打ち合った。第三ラウンドには麗子が、続く第四ラウンドには慧が、相手のフックとまともに食らって、キャンバスに両手をついていた。そして、試合のちょうど半分に当たる第四ラウンドが終わったときには、どちらも大きく肩で息をしながら、それぞれのコーナーへ帰っていった。

 その後も試合はどんどん激しさを増していった。どちらかがテンカウントを聞かないのが不思議なほどの強烈なパンチが飛び交う中、二人はダウンの応酬を繰り返した。レフェリーを務めている女性は、「できればこの試合は、レフェリーストップではなく、はっきりとしたKOで決着をつけさせてあげたい。」と考えるようになっていた。

 第七ラウンドの終了間際に、慧の強烈なアッパー気味のフックが麗子のアゴを捉えると、麗子は膝を折り、キャンバスに両手をついた。四つん這いになってカウントを聞く麗子の股の間から、ついに黄金色の液体が噴き出した。

 麗子は、前の試合に続いて、また自分が失禁してしまったことを感じ取っていたが、そんなことは、もはや麗子にとって問題ではなかった。

「…… 負けたくない。…… この試合だけは、どうしても負けたくない。……」

 麗子が青いグローブを握り締め、淡い色の雫をトランクスから滴らせながら立ち上がり、カウントエイトでファイティングポーズを取ると、第七ラウンド終了のゴングが鳴った。このダウンで、また二人のポイントはタイに戻っていた。

 コーナーマットに背中を凭れかけて口を開け、苦しそうに大きな呼吸を繰り返しながら、二人は最後のインターバルとなる一分間を過ごした。やがて、セコンドアウトのコールがかかり、最終ラウンド開始のゴングが鳴った。

 最終ラウンドの前半は互角の打ち合いとなった。二人はお互いに一歩も後ろに下がらす、わずかに残された力を振り絞って、足を止めて全力で腕を振った。何度かクリンチの状態になることがあったが、二人ともその間に回復したわずかの体力を惜しむことなく次のパンチに込めた。

 最終ラウンド中盤、麗子のアッパーが慧のアゴをしゃくり上げると、慧の股間からも、黄金色に輝く液体が滝のように噴き出した。慧の口からはマウスピースがこぼれ落ち、慧はそのままスローモーションビデオのように、前のめりにキャンバスに崩れ落ちた。



 麗子のグローブにはかなりの手応えがあったが、それでもうつ伏せに倒れていた慧はゆっくりと立ち上がってきた。慧がカウントエイトでファイティングポーズを取ると、レフェリーは、慧の表情を確認したあと、キャンバスに落ちていたマウスピースを拾い上げて慧に咥えさせ、何とかニュートラルコーナーに辿り着いた麗子に向かって試合続行のサインを送った。

 ダウンを奪ったものの、麗子の体力もすでに底を尽いていた。何とか慧の目の前まで歩み寄った麗子は、身体全体を捻じ曲げるようにして、右腕を横に振った。そして、そのパンチが慧の顔面をヒットした瞬間に、麗子の顔も大きく捻じ曲がっていた。

 壮絶な相打ち。二人とも何とか踏ん張り、完全に体勢を立て直す前にもう一度腕を振った。そして、その二本の腕の先についているグローブは、またしても同時に相手の顔面を深く抉っていた。慧は耐え切れずにその場に尻餅をついた。麗子もまた耐えることができずに、仰向けに倒れた。

 この試合のレフェリーは、過去に数多くの対抗戦でレフェリングを行った、経験豊かな女性だったが、初めて目にするダブルノックダウンに少しだけ動転した。しかし彼女はすぐに冷静さを取り戻し、ダウンしている二人を交互に見ながらカウントを開始した。

 慧はカウントの前半から立ち上がる素振りを見せ、カウントシックスの時点で両足だけで立ち上がっていた。レフェリーはそれを確認すると、麗子だけに七つ目のカウントを投げた。

 このとき、麗子はまだ四つん這いになって、立ち上がるために右足を繰り出そうとしているところだった。レフェリーは腰を上げた麗子の前方に回り込み、残りのカウントを進めた。麗子は立ち上がり、カウントナインで力のないファイティングポーズをレフェリーに向けた。

 麗子の瞳は輝きを失い、この相打ちによって受けたダメージが重大であることをはっきりと物語っていた。状況から見れば、普通なら試合を止めるところだが、レフェリーは、意思の力だけでファイティングポーズを取った麗子をカウントアウトすることを思いとどまった。

「この娘たちは、今、試合を止められることを、絶対に望んでいない。……」

 レフェリーの女性は、あえてレフェリングの常識を捨てた。彼女は、冒険とも言える自分の判断を確かめるように、麗子の青いグローブを両手でしっかりと掴み、「まだできるか」と麗子に尋ねた。麗子がぼんやりとした表情で首を小さく縦に振ったのを確認すると、彼女は、これもその場に立ち竦んだままファイティングポーズを取っている慧に向かって同じ問いを投げかけ、試合続行の意思が失われていないことを確認した。

 彼女が唾を呑み込み、「ボックス!」と叫んで一歩後ろに下がると、二人は互いに身体をふらつかせながらゆっくりと近づいた。


 慧は左腕を引き上げて身体を右に捻り、麗子の顔をめがけて思い切り左ストレートを放った。が、そのパンチが麗子の顔に届く何分の一秒か前に、麗子の右手の先の青いグローブが慧のアゴにめり込んでいた。慧の左手はターゲットを外れ、麗子の顔の横を空しく通り過ぎた。



「あぅ、……」

 小さな呻き声を上げた慧の動きが完全に止まり、慧の身体が、二本の足だけで何とか身体を支えている麗子に寄りかかるように傾くと、二人の大きな乳房がぴったりと重なり合い、わずかに歪んだ。麗子の乳房がクッションになり、それ以上前に倒れることができなくなると、慧の両膝がガクンと折れた。そして、だらりと垂れ下がった両腕の反動で少しだけ身体が後ろに傾くと、慧はそのままゆっくりと仰向きに倒れていった。慧の背中がキャンバスに着地して小さく弾み、慧はそれきり、ぴくりとも動かなくなった。

 レフェリーは素早く慧の顔を覗き込み、慧が失神してしまっていることを確認すると、タイムキーパーにゴングを要請した。


 そのすぐ横で、試合終了のゴングを耳にした麗子も、ぺたりとキャンバスにへたり込んだ。麗子はすぐに、慧の方へにじり寄ろうとしたが、試合の緊張感を失った麗子の身体は動くことを拒否した。力なく立てられた慧の両膝にグローブをかけた麗子だったが、それが麗子の限界だった。

「……… サトル、………」

 慧の顔を慧の股越しに見つめ、消え入るような小さな声でそう呟いた麗子がびくんと身体を痙攣させると、めくれ上がった麗子のトランクスの隙間から、最後に麗子の中に残っていた黄金水が勢いよく飛び出し、慧の顔にかかった。


 そして麗子も、そのままゆっくりと後ろに倒れ、仰向けに四肢を投げ出したまま、ふつりと意識を失った。






 しばらくの後、二人とも意識を取り戻したが、慧はそのまま入院することになった。麗子も、自宅でかかりつけの医師に身体をチェックしてもらいながら、何日かをベッドの上で過ごした。


 試合から十日ほど経った、十二月中旬のある日、慧は最後の対抗戦が終わってから初めて麗子の家を訪れた。まだ二人とも医師に止められていたため練習こそできなかったものの、二人は十日間の空白のあとの再会を喜び、ベッドの上で大いに愛し合った。

 お互いに何度か頂点に上り詰めたあと、二人はベッドの上に並んで横になっていた。しばらく麗子から視線を外し、天井を見上げながら物思いに耽っていた慧の横で、麗子が片肘を立てて、慧に身体を向けた。

「ねぇ、サトル。」

「ん?」

「…… 私、昨日AFIと契約したの。」

「え? AFI?…… 保険会社かなにか?」

「違うわよ。AFIのボクシング部門。日本ではまだあまり馴染みがないけど、サトルだって、聞いたことぐらいあるでしょ? 私、昨日、AFIとプロ契約をしたの。」

 AFIのボクシング部門。慧の頭にその言葉の指すもののイメージが出来上がると、慧の顔からすっと血の気が引いた。

「…… AFI、って、もしかして、…… アクメファイト・インターナショナルのこと?……」

「もしかしなくてもそうよ。」

「…… う、… うそ。……」

 AFI、アクメファイト・インターナショナルは、肉体的だけでなく、性的にも強さを競い合うエロティック・ファイトを売りにしている、世界規模の興行団体だった。まだ創設されてからそれほど年月は経っていないものの、興行開始直後から世界的に爆発的な人気を集め、すでに熱狂的なファン層をがっちりと確保していた。

「ねぇ、私たちにはぴったりの契約先だと思わない? もちろん、サトルもAFIと契約するでしょ?」

「えっ? ………… い、… いやぁ、……… ボクは、…… ちょっと、………」

 慧が怯んだようにに、少しだけ身体を麗子から動かすと、麗子は慧の動きを追って、にやにやと妖しげな笑みを浮かべた顔を近づけてきた。

「………… サトル。対抗戦のときの約束、覚えてるわよね。」

「あ。」

「負けたら一つだけ何でも言うことを聞く。私、ここで切り札を切らせてもらうわ。」

 慧はしばらく黙ったまま、麗子の顔を見ていた。…… 対抗戦に負けた者は、勝った者の望みを一つ聞く、…… 大舞台である対抗戦にふさわしい賭けだと思っていたし、約束もした。しかし、ことがことだけに、素直に「わかりました」とは、慧には言えなかった。

「…… ボクも高校卒業したらプロボクサーになろうとは思ってたけど、さすがにAFIは考えてなかったなぁ。裸を見られちゃったり、リングの上でエッチなことするのはそれほど嫌じゃないし、レイが契約するなら少しだけ一緒にやってみたい気もするけど、……」

「なら、いいじゃない。」

「でも、ほら。…… これって、将来のこともかかってるわけだし、…… 結構重要な問題じゃない? …… ね、… もうちょっとだけ、考えさせてくれないかな?……」

 麗子は、歯切れの悪い慧に、しかめっ面を向けた。

「あーっ、じれったいわね。……… いいわ。じゃ、サトルにラストチャンスをあげる。ジャンケンの一回勝負よ。サトルが勝ったら、この話はなかったことにしてあげるわ。でも、もしサトルが負けたら、潔くAFIと契約するのよ。」

「…… んー、……… わかった。…… もし今度もボクが負けちゃったら、レイの言った通り、AFIと契約するよ。…… うーん、これは負けられない勝負だな。絶対勝つぞぉ。」

 慧の顔が「勝負モード」になったのを見て、麗子は表情を緩めた。

「うふふ。…… じゃ、いくわよ。…… ジャーン、ケーン、ポイッ!」

 二人は引っ込めていた右手を同時に相手に向かって差し出した。

「ああーーーーーっ!」

 慧は大きな声を上げて、右手を『チョキ』の形にしたままで、嬉しそうに顔の横で小さく振っているレイを見つめた。

「んっふっふっふー。私の勝ちね。……… 約束よ、サトル。サトルもAFIと契約してね。」

「あー、…… でも負けは負け。ボクもAFIと契約することにするよ。」

「やったぁ。これでまたサトルと試合ができるわね。…… じゃ、ちょっと待っててね。試合契約の資料があるから、見せてあげる。」

 麗子は嬉しそうに慧にそう言うと、ベッドを降りて、少し離れたところに置いてあるバッグに近づき、慧に背中を向けてバッグの脇で屈んだ。その中からファイルを一つ取り出すと、麗子は慧に見えないように小さく舌を出した。

「やっぱり、切り札は最高の場面まで大事に取っておかなくちゃね。」

 麗子は、慧とジャンケンをするとき、勝負の結果が重大であればあるほど、慧が無意識に『パー』を出すことを、すでに気付いていた。



プロ編へつづく ………


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