この物語は、ライバル関係(とりあえず、今のところは「ライバル」ってことにしておきます)になる二人の娘をメインキャラにして進めていくことになりますが、そのうちの一人についてだけ、あらかじめ人物像を紹介しておきます。ま、物語の中で描写するのがメンドクサイだけなんですけどね(笑)。

 名前は高橋慧(たかはし・さとる)。男っぽい名前ですけど、ちゃんと女の子ですよー(私が男なんてメインキャラに据えるわけないっしょ/笑)。物語初期の背景に出てきた、私立明光女子高校の三年生で、黒いショートの髪が良く似合う、ちょっと見、ボーイッシュな感じの娘です。

 慧はジュニアの頃から女子ボクサーとしては有名な逸材で、高校入学前には、最上ランクの特待生として慧を迎えようと、明光高と清高で激しい争奪戦が繰り広げられましたが、最終的に、慧は「家から近いから」というとんでもなく単純な理由で、明光高を選びました。

 慧は、一年生のときから、『明清対抗戦』に明光高のバンタム級代表に選ばれ、周囲の期待を裏切ることなく、出場した四試合すべてにKO勝ちを収めました。物語は、慧が三年生に進級し、明光高バンタム級代表として五度目の出場となる夏季対抗戦が幕を開ける、その少し前からスタートします。

 それでは、「Lez-Box a go-go!!」本編開始です。ごゆっくりお楽しみくださいませ。

 はじまり、はじまりぃ。













Lez-Box a go-go!!


第一話




 六月半ばのある日、三週間後に対抗戦を控え、気合も充実してきた慧は、最後の一人になるまで練習場に残って、心地良い汗を流していた。クールダウンを終えた慧は、練習場に誰も残っていないのを確認したあと、着替えのためにロッカールームへと向かった。

 自分のロッカーの前まで来ると、慧は汗でぴったりと身体に貼り付いたトップスを剥ぎ取り、ロッカーの中においてあったブラを手に取ったが、慧はそのブラを忌々しそうに見つめたまま、すぐにそれを着用しようしなかった。

「うーん。やっぱり新しいの買わないとダメだなぁ。…… まだ買ってから半年しか経ってないのに、もうサイズ合わなくなっちゃったもんなぁ。……」

 慧は、遠慮なく発育を続ける自分の乳房へと視線を落として、大きな溜息を一つ洩らした。

「きゃああっ。」

 背後からいきなり誰かが抱きついてきたので、慧は思わず叫び声を上げた。慧が腕を引き上げる前に、背後に居る人物の両掌が、高校生とはとても思えない慧の大きな乳房の上に乗せられ、すぐにその場で艶かしく動き始めた。

「んっふっふー。おっぱいの大きい娘は、悩みも多い。…… わかる。あたしには、よぉーーーーくわかるわよー。」

「ああん、留美ちゃん。…… や、やめてぇー。」

 慧に抱きついてきたのは、ボクシング部のマネージャーをしている、同級生の本田留美だった。留美は学業の成績も抜群に良く、いくつかの運動部のマネージャーを兼任するほどのマネージメント能力を持っていたが、校内でも有名な『乳揉み魔』でもあった。留美は日頃から、「運動部員のおっぱいなら、目を瞑っていても、触るだけで誰のものかすべてわかる」と豪語するほどで、わずかな隙を狙って部員の乳房を揉むのが、留美の一番の楽しみだった。

「まったく、慧は名前も見た目も男っぽいのに、おっぱいだけはどんどん大きくなってくよねー。ま、もちろん私にとっては、その方がありがたいんだけどね。…… 色も形も、張りの良さも、間違いなく全校一。…… あー、慧のおっぱいは、いつ揉んでも気持ちいいなぁー。」

 ボクシング部で一番というだけでなく、全校生徒の中でも一番だと噂されている慧の乳房は、もちろん留美の大好物だった。周りに誰も居ないことをいいことに、留美は慧の乳首に薬指を立て、くりくりといじり始めた。

 これまでに、両手両足の指を総動員しても勘定しきれないぐらい慧の乳房を揉んできた(そのほとんどは不意撃ちの狙い撃ち)留美には、慧の弱点はすでにお見通しで、すぐに慧は刺激を受けるたびに身体をぴくんと震えさせるようになり、表情もとろんとしてきた。

「…… あ … あん … やめて、…… ああん、…… も … もう、許して、…… 留美ちゃん。…… あああん、……」

 慧がだらしのない声を洩らし始めたとき、留美は何かを思い出したような顔をして、慧の乳房から手を離した。

「あ、今日はこんなことしに来たんじゃないんだわ。…… 清高から対抗戦のプログラムが来てたから、届けに来たんだった。」

 慧がその場にへたり込んで荒い呼吸を繰り返していると、留美はロッカーの脇に立てかけてあった大きなバッグから、水色の表紙の小冊子を取り出した。

「まだ誰か残ってるかも知れないから、練習場に立ち寄ってみたのよね。…… はい、慧。これ、あなたの分。」

 対抗戦のプログラムという言葉に鋭く反応した慧は、留美の手に握られている小冊子を見つけると、急いで手にしていたブラを身につけ、留美からプログラムを受け取った。

 前年の秋季対抗戦は、慧と同じ二年生が清高の相手だったので、慧は、次の夏季対抗戦でもその選手が代表選手に選ばれるだろうと考えながらページを繰っていった。対戦スケジュールにすぐに自分の名前を見つけることができたが、対戦相手の名前を見ると、慧は思わず、「あれ?」と声を上げてしまった。


バンタム級代表戦      藤咲麗子B × 高橋 慧B


「藤咲麗子? …… 藤咲麗子、……… んー、聞いたことない名前だなぁ。ねえ、留美ちゃん。こんな名前の娘、清高のボクシング部にいたっけ?」

「えっ? 藤咲さん?」

 慧のセリフが終わる前に、留美は慧の肩越しから慧の手で広げられているプログラムを覗き込んだ。

「うそ。…… あ、ホントだ。…… しかも、このプログラム、日本名になってる。……」

「日本名って、…… 留美ちゃん、…… この娘、もしかして、日本人じゃないのぉ?」

「うん。あたしもマネージャーミーティングの時に初めて聞いた名前だったから、清高のマネージャーの娘にいろいろ訊いてみたのね。本名は、レイコ・フジサキ・ハワード。お母さんは日本人なんだけど、お父さんはアメリカ人なの。今年の春、アメリカの高校から清高に転入してきたんだって。…… あたし、この娘、ずーっとフェザーだと思ってたから、慧にはすぐに話さなかったんだけど、…… バンタムだったんだ。……」

「へぇー。…… でも、バンタムって選手の数も多いし、転入したばかりで代表に選ばれるなんて、すごいよねぇ。きっと、向こうでも相当ボクシングやってたんだろうねぇ。」

「…… あのねぇ、…… 実はその娘、全米ジュニアチャンピオンなの。」

「ええっ? …… チャンピオン? …… 全米って、…… あ、アメリカのぉ? ……」

「そーなのよぉ。小さいときからボクシングやってて、何でも、まだ試合で一度も負けたことがないんだって。…… あーあ、慧が居るから、今年もバンタムは安泰だと思ったんだけどなぁ。相手が本場アメリカのチャンピオンじゃ、ちょっと厳しそうねぇ。」

 相手の肩書きだけで「ちょっと厳しそう」と言われるのは、慧にとっては少し癪だった。もちろん国内の選手だけだったが、慧も一度も試合に負けたことはなかったし、「ボクは誰にも負けない」というプライドを持ってもいた。

「うーん、確かにそうかも知れないけど。…… でも、どっちが強いかなんて、実際に試合してみないとわかんないじゃない。」

「……… そうね。確かに、慧の言うとおりだわ。…… ま、これで少なくとも楽勝できる相手じゃないってことだけはわかったわけだ。頑張ってね、慧。」

「うんっ。おーし、やる気出てきたぞー。…… ねえ、留美ちゃん。留美ちゃんのことだから、その、藤咲って娘について、もっといろいろと情報仕入れてきたんでしょ?」

「まあね。…… ただ、あんまり収穫はなかった。気になったから、ミーティングの帰りに、その娘が練習してる様子でも見てこようかと思ったたんだけど、居なかったのよ。自宅ですることが多いから、学校の練習場はあまり使わないんだって。……」

「え? それ、どういうこと?」

「藤咲さんのお家はすごくお金持ちで、自宅に立派なジムを持ってるんだって。専任のコーチも雇ってるらしくて、学校よりも自宅で練習してることがほとんどみたい。」

「…… 自宅にジム。しかも、専任コーチつき。……… うーん、凄いな。……」

「でね、私、家に帰ってからインターネットとかで調べてみたのよ。でも、女子のジュニアだとあんまり情報は集まらなくて。…… それなりの成績はわかったけど、確かに一度も敗戦の記録は残ってないわね。あ、ネットから落っことしといた写真があるから、見せてあげる。ちょっと待ってて。」

 留美はバッグの中からA4サイズのファイルを取り出して、お目当ての写真を挟んであるページを見つけると、「この娘よ。」と言い、そのページを開いて慧に見せた。

 そこには、オレンジ色のタンクトップにグリーンのトランクスを身につけた娘が、栗色の長い髪をなびかせ、射るような視線を相手に向けて、相手にパンチを繰り出している姿があった。少しだけ焦点が合っていない写真だったので、娘の顔立ちははっきりしなかったが、タンクトップの中に隠れている娘の胸がかなり豊かなものであることは見て取れた。

「うーん、ボクサーっぽくない容姿だなぁ。顔もこれだとはっきりとはわからないけど、何か、アイドル系の顔立ちじゃない? それに胸もかなり大きいし、……」

「でしょう? …… 正直、留美さんとしては、この娘の戦跡なんかよりも、おっぱいの方が重要なのよねー。」

 ファイルの表紙には小さな文字で『ルミの美乳コレクション』と書かれていて、二人が見ているページの何ページか前には慧のバストショットが収められていることを、もちろん慧が知る由もなかった。






「ダウン。…… ワン、…… トゥー、…… スリー、……」

 慧はすぐに立ち上がり、すぐ後ろにあったロープに少しだけ身体を凭れさせて、レフェリーのカウントを聞いていた。

 八ラウンド制で行われる明清対抗戦バンタム級代表戦の第三ラウンド、慧は生まれて初めて、試合中に足の裏以外をキャンバスについた。しかし慧は、そんな状況にあっても冷静さを失わず、ダウンカウントが進行している間に少しでもダメージを消し去ろうと、その場で大きく深呼吸を繰り返した。


 相手の、腰までまっすぐ伸びた栗毛の娘は、試合が始まってしばらくの間は慧の動きを見ていたが、すぐに激しい攻勢に出てきた。それは、慧が今までにリングの上で経験してきたスピードや、パンチの重さとはまったく別の次元のもので、相手の娘が全米チャンピオンであることがまぎれもない事実であることを物語っていた。慧は序盤から守勢に回ることを余儀なくされていた。

 明清対抗戦は、KO以外はダウンの回数のみで勝敗が決まる。ポイントに差がつきにくい分、一方的な守勢に回ってしまうと、すぐにスタンディングダウンを取られる。それを避けるために、何発か続けてパンチをもらったら、相手に身体を合わせて一発二発はボディブローを返していた慧だったが、無理をしてパンチを放つためにできてしまったガードの隙間に強烈なフックを合わされ、慧は思わず尻餅をついてしまっていた。

「今まで頑張って耐えてきたけど、とうとういいのもらっちゃったな。…… これで一ポイントのビハインドか。…… 取り返すのはかなり難しいだろうけど、まだボクにだって、チャンスはあるはず。頑張らなくっちゃ。」

 慧は気を取り直し、きっちりカウントエイトまで待ってからファイティングポーズを取った。「まだできるか?」とのレフェリーの問いに、慧が顔を引き締めて小さく頷くと、レフェリーはニュートラルコーナーに控えている麗子に、試合続行のサインを送った。

 そのあとも慧は必死に麗子の攻撃を凌いでいたが、第五ラウンドが終了するまでに、もう一回スタンディングダウンを取られ、合わせて二ポイントのビハインドを追う形になっていた。

 しかし、この頃になると、戦況にいくらか変化が出てきた。圧倒的な優位に立っていた麗子の手が止まり始めていたのだ。KOを意識しすぎて、麗子が無駄に手を出し過ぎたのか、慧がコツコツと打ち続けてきたボディブローが効いてきたのか、何発か連打を放ったあと、麗子が自分からクリンチに出るシーンが目立つようになってきていた。

 第五ラウンドを終えて青コーナーのストゥールに腰を下ろした麗子は、肩で大きく息を繰り返した。手数が落ちてきていることをはっきりと自覚できるほどまでに衰弱していた麗子は、焦りと苛立ちを抑えきれずにいた。

「どうして、この私が、日本人の小娘なんかをさっさとKOできないんだろう。……」

 セコンドアウトのコールがあっても、麗子はストゥールから腰を下ろしたままだった。引き続いて第六ラウンド開始のゴングが鳴ると、麗子はやっと腰を上げ、重い身体をリングの中央へと運んでいった。

 全米チャンピオンの私が、日本人の小娘をKOできないなんて、…… まして、判定勝ちを拾うために時間稼ぎをするなんて、私のプライドが許さない。…… 麗子の焦りは、麗子のボクシングから攻守のバランスを奪っていった。

 試合が中盤から終盤へと進むに連れ、形勢は完全に逆転した。慧のボディブローでさらに体力を削り取られて動きの止まった麗子は、第七ラウンドの残りが四十秒ほどになったとき、コーナーに追い込まれ、慧の連打を浴びた。やがて、身体を丸めてガードを続けるだけになってしまった麗子の前にレフェリーが割り込み、慧にニュートラルコーナーに行くように指示した。そして、麗子に向き直り、スタンディングダウンのカウントをスタートさせた。

「ダウンを取られた。…… 全米チャンピオンのこの私が、日本人の小娘なんかにダウンを、……」

 レフェリーのそばで自分に向けられたカウントを聞くのは、麗子にとって初めての経験であり、それがいわゆるラッキーパンチのような不可抗力に近いものではく、防戦一方になってしまったことが原因で奪われたスタンディングダウンであったことは、麗子にとって、たまらない屈辱だった。

 ルール通りにレフェリーがカウントをエイトまで進めたあと、試合が再開された。まだ一ポイントリードしているにもかかわらず、ダウンを奪われたという事実に、麗子のプライドは大きく傷ついた。麗子は自分を抑えることができず、情勢がきわめて不利であるにもかかわらず打ち合いに出てしまった。そして、ガードが甘くなったところに慧のショートフックを浴び、麗子はキャンバスに腰から崩れ落ちた。

 何とか立ち上がってファイティングポーズを取り、KOされることだけは免れたものの、麗子の足取りはまだふらついていた。慧がそんな麗子に襲い掛かろうとしたとき、第七ラウンド終了のゴングが鳴った。二ポイントのビハインドを挽回した慧が比較的軽い足取りで赤コーナーへ帰って行くのとは対照的に、麗子はセコンドに抱きかかえられるようにして、よろよろと青コーナーへと戻っていった。


 「もう棄権しましょうか?」というセコンドの申し出を頑なに拒否し、最終ラウンドのゴングと同時にストゥールから腰を上げた麗子だったが、その足取りからはダメージが残っていることがはっきり見て取れた。

 それでも全米ジュニアチャンピオンのプライドは、麗子に腕を振らせた。最終ラウンドの開始とともに、身体に残されたわずかな燃料を惜しみなくつぎ込んで、麗子は、あらん限りの力を込めてパンチを繰り出してきた。が、それも数十秒だけだった。麗子の思わぬ反撃に戸惑いながらも、冷静に対処していた慧が逆襲に出ると、麗子にはもうあとが続かなかった。

 一発ボディを打たれてガードが落ち、腕を上げる前に強烈なフックを二発浴びた麗子は、キャンバスに尻餅をついた。チャンピオンのプライドだけに支えられて、カウントナインで立ち上がったものの、麗子は再び慧の猛襲に晒され、最後には渾身の右アッパーをアゴにまともに食らった。

 麗子は完全に身体のコントロールを失い、朽木のように仰向けにキャンバスに倒れ、ぴくぴくと身体を痙攣させながら、股間から黄金色の湧き水を溢れさせた。レフェリーはカウントを取らずに試合終了を宣言し、急いでリングドクターを要請した。


 少しの間だけ逆転KO勝利の余韻に浸っていた慧だったが、キャンバスの上に大の字になったまま動かない麗子の姿が視界に入ると、すぐに麗子の下へ足を運び、レフェリーやドクターの間に割り込むようにして、麗子のすぐそばに四つん這いになり、麗子の顔を覗いてみた。

 完全に失神してしまっている麗子を見た瞬間、慧のハートは、きゅんという音を立てた。全米チャンピオンの肩書きからは想像もできないほどの美しい顔立ちと、豊かな胸の膨らみ、女性らしい丸みを帯びた全身のボディライン。試合が終わり、初めて一人の女子高校生として麗子を見たとき、キャンバスに横たわっているその姿は、慧には抱きしめたくなるほど愛くるしく映っていた。

 やがて、「う … うぅん ……」と小さな声を上げたあと、意識を取り戻した麗子は、ゆっくりと周りを見回した。レフェリーやドクターの顔に混じって、そこには、心配そうに自分の顔を見つめている、今しがたまで「たかが日本人」と侮っていた娘の姿があった。

「…… 私、…… 負けちゃったんだ。……」

 麗子の口からぽつりとこぼれたこの一言は、慧の心を鷲掴みにした。慧は穏やかな表情を麗子に向け、麗子の目を見つめて小さく首を横に振ったあと、麗子に覆い被さって頬擦りを始めた。


 やがて、麗子は用意された担架に乗せられ、医務室へと運ばれた。とても辛そうに麗子の身体から離れた慧は、リングを去っていく麗子を寂しそうな目で見送った。慧の心は、できることなら麗子のそばに居たいという感情で溢れかえっていた。

 慧は、麗子への想いを抑えて、珍しく自ら希望してこの試合のセコンドについていた留美の待っている赤コーナーへ戻っていった。慧の顔色を伺った留美は、可笑しそうに小さく笑ったあと、慧に声をかけた。

「あの娘のそばにいてあげたいんでしょ? すぐにグローブ取ってあげるから、行ってあげれば?」

 慧の心配顔は、一瞬だけきょとんとした顔になり、すぐに嬉しそうな表情に変わった。リングのすぐ下で素早くグローブを固定していたテープに鋏を入れ、赤いグローブを抜き取った留美に礼を言うと、慧は小走りに医務室へと向かった。






 慧が医務室に着くと、麗子がベッドに寝かされ、水色のスポーツウェアを纏った何人かの清高関係者に見守られながら、ドクターの診断を受けているところだった。

 麗子を取り囲んでいる清高関係者のうち、一番年長と思しき女性が慧に気付き、慧に微笑を向けて一人分のスペースを空けると、慧は会釈をして自分に割り当てられたスペースに身体を入れ、心配そうにじっと麗子を見つめた。それまで上を向いていた麗子は、慧に気付くと一瞬だけ驚いたような顔をしたが、すぐに穏やかな表情に戻った。

「大丈夫だと思うけど、念の為、もう一度大きな病院でチェックしておいた方がいいわね。それと、一週間ぐらいは、激しい運動は控えた方がいいでしょう。」

 ドクターが安心した様子で最後にそう言って、麗子の身体のチェックを終えると、慧のために麗子のそばのスペースを空けてくれた女性は、慧と麗子がお互いに見つめ合っていることに気付いた。彼女が再び微笑んで、「それじゃ、しばらく二人きりにしてあげましょう。ね、みんな。」と周りの学生たちに声をかけると、残りの学生たちも嬉しそうにそれに呼応した。彼女はドクターに挨拶をすると、水色ウエアの一団を引き連れて医務室を後にした。

 ドクターは医務室を出て行く娘たちに挨拶を返すと、まだ医務室に残っている二人に目を遣った。慧が、自分がまだドクターに挨拶をしていないことに気付いて会釈をすると、ドクターは表情を緩めてそれに応え、二人に背を向けてデスクに向かった。慧に向けられたその背中は、「仕事だからここを離れられないけど、私はここにいないことにしてあげる」と言っているようだった。

 慧はドクターの気遣いにもう一度小さく頭を下げ、再び麗子に向き直った。そして、穏やかな表情で麗子を見つめ、胸のすぐ下に組まれている麗子の手を取り、両掌で軽く握った。

 やがて、力のない笑顔を慧に向けていた麗子が口を開いた。

「…… ありがとう。……」

 初めて自分だけに対する反応が帰ってきたことで、慧の表情は大きく緩んだ。慧は嬉しそうに息を吐き出し、小さく首を横に振った。

「…… 試合に負けたのは悔しいけど、サトルとめぐり合えて良かった。……」

 その言葉は、麗子がキャンバスに倒れているときに慧が抱いた麗子への愛おしさを蘇らせた。両掌の中にある麗子の手を少しだけ強く握り、慧は麗子の顔のそばに自分の顔を近づけていった。

 二人の顔が近づくに連れて、慧の心臓の鼓動はだんだん大きくなり、表情も固くなっていった。二人の顔が拳一つ入るぐらいにまでになったとき、麗子に対する想いが慧の口を開かせた。

「……… 藤咲さん、………」

「…… レイ、って呼んで。……」

 この一言で、慧の表情からこわばりが消えた。

「………………… レイ …………」

「………… サトル …………」

 お互いの名前を小さな声で呼び合うと、慧はゆっくりと麗子の唇を覆った。柔らかい麗子の唇から伝わってくる感触に、慧の想いは頂点に達した。慧が麗子の手を離して麗子の頭を優しく抱き寄せると、いつしか麗子の両腕も、慧の首に絡みついていた。


 二人は長い間唇を重ね合わせていたが、慧が麗子の唇から離れて身体を起こすと、背後に人の気配があった。慌てて振り向くと、ドクターが満面の笑みを二人に向けていた。

「素敵なカップルの誕生ね。私も嬉しいわ。…… でも、試合が終わったばかりだから、まだ藤咲さんの身体もちょっと心配だし、あなたがたの次の試合の娘が運び込まれてくるかもしれないから、今日はこのぐらいにしておきましょうね。」

 ドクターの言葉に、慧は頬を真っ赤に染め、恥ずかしそうに俯いた。麗子はそんな慧の仕草に、少しだけ声を出して笑った。






 藤咲邸の正面玄関の前で、慧は思わず息を呑んだ。

 試合から一週間ほどたったある日のこと、慧の自宅に麗子から電話があり、「ゆっくり話がしたいから、ぜひ家に遊びに来て欲しい。」とのことだったので、慧はその三日後に麗子の家を訪ねる約束をしていた。

 麗子の家は、自宅にジムがあるほどだという前情報もあり、ある程度のものだとは予想はしていたものの、それでも初めて麗子の家を訪れた慧にとっては、来訪を告げるのにかなりの勇気が必要になるほど、麗子の家は余りにも立派なたたずまいだった。


 何度かためらったあと、慧がインターホンのボタンを押すと、スピーカーから麗子の声が返ってきた。

「はあい。」

「…… あ、… あの、…… 高橋です。……」

「あ、サトルね。待ってたわ。今、迎えに行くから、ちょっと待ってて。」

 しばらくすると、満面に笑顔を湛えた麗子が正面玄関の横にある少し小さな門の前に現れ、慧を邸内に迎え入れた。慧は麗子の後について、母屋のある建物までの少しの道のりを、周りを見回しながら歩いた。その間、麗子と会話を交わしていくことで、次第に慧の緊張はほぐれ、笑顔もこぼれるようになってきた。

 麗子はまず、慧を自分専用のジムに案内した。そこにはとても麗子個人専用とは思えない、手入れの行き届いた充実した設備が備えられていた。慧はいくつかの練習用具やジムの真ん中にある正規サイズのボクシングリングに手を伸ばし、溜息をつきながら、何度か「すごいなぁ…」と呟いた。

 ひと通りジムの見学が終わると、麗子はそこを離れて、建物の大きさからすると、少しだけ小ぢんまりとした感じのする自分の部屋へ慧を招き入れた。二人は大きなベッドの端に腰を下ろし、しばらくの間、対抗戦の話に花を咲かせていたが、ふと会話が途切れたとき、少しだけ伏目がちに慧を見つめていた麗子が、違う話題を切り出してきた。

「ねえ、私、サトルにお願いがあるんだけどな。……」

「なぁに? ボクにできることだったら、何でもしてあげるよ。」

「あのね、…… 週に一度ぐらい、学校が休みの日にでも、うちのジムに来てくれないかしら。私、慧と一緒に練習したいの。」

 麗子の申し出に、慧は一瞬だけびっくりしたような顔をした。

「えっ?…… いいの? …… レイがいいなら、ボクは全然構わないよ。…… あのジムが使えるなんて、ちょっと嬉しいし。…… でも、…… どうして?」

「サトルとは、お互いにいいスパーリングパートナー同士になれると思うの。私のコーチをしている先生もサトルには興味を持ってるみたいだから、一緒に教えてもらえるはずよ。…… でも、理由はそれだけじゃないの。……」

「…… それだけじゃ、…… ない?……」

「…… だって、練習が終わってからも、サトルと一緒に居られるじゃない。…… 私は、サトルのことが好き。…… だから、できるだけサトルと一緒に居たいの。」

 麗子はそう言って、身体を少しだけ慧に寄せてきた。慧は麗子を抱き寄せ、「ボクもレイと一緒に居たい」という想い込めて、麗子の唇を覆った。

 長いキスが終わると、麗子は慧の身体から離れて、白いノースリーブのシャツを脱ぎだした。慧が呆気に取られて麗子に見入っている目の前で、麗子はその豊かな胸を覆っているブラも脱ぎ去ってしまった。

 上半身裸になった麗子は、再び慧の方に身体を寄せ、慧の大きな乳房の上に掌を置いて、優しくさすり出した。

「大きなおっぱい。…… 素敵よ、サトル。……」

 慧は小さな声を洩らし、少しだけ顔を顰めた。麗子が相変わらず慧の乳房をさすり続けていると、慧の表情はだんだんとろんとしてきた。

「…… 対抗戦のとき、サトルは負けた私に優しくしてくれた。…… 私、そのお返しをしておきたいの。…… サトルには、借りを作りたくない。……」

 慧の息遣いが荒くなってきた。麗子が慧の着ているポロシャツのすそをたくし上げようとすると、慧はコクリと力なく頷き、自分でポロシャツを脱ぎ、ブラのホックを外した。麗子は優しく慧のブラをめくり取ってベッドの脇に置くと、再び慧の乳房を手で愛撫しながら、ゆっくりと慧の身体をベッドの上に押し倒していった。

 慧が豪華なベッドの上に横たわり、全身の力を抜くと、麗子はその身体の上に覆い被さってきた。やがて麗子の舌先が勃ち始めた慧の乳首に触れると、慧はぴくんと身体を震わせた。






 生まれたままの姿になっていた慧は、だらしなく口を空けて大きな呼吸を繰り返しながら、麗子の指が自分の股間の奥深くから抜き取られるのを感じた。小刻みに身体を震わせながら、頂点からゆっくりと下っていく慧は、ぴったりと身体を重ね合わせた麗子を抱きしめ、その甘い余韻に浸った。

 やがて、慧が大きく息を吐き出し、腕の力を抜くと、麗子は身体を起こした。そして、慧の身体を跨ぐようにして四つん這いになり、慧の顔のすぐ脇に両手をついて、慧の顔を見つめた。

「どお? 気持ち良かったでしょ? …… これで貸し借りなし。それでいいわよね。」

 慧も麗子の顔を見つめて表情を緩め、小さく頷いた。

 そのあと、慧は少しの間だけ視線を逸らしていたが、再び視線を麗子の顔に戻しても、麗子は相変わらず慧の顔を見つめたままだった。麗子の表情は、微笑みの中にも真剣味を帯びているものに変わっていた。それを見て、慧も表情を引き締めた。

「今度は負けないわ。…… 秋の対抗戦では、必ずサトルをKOして見せる。」

「ボクだって負けないよ。返り討ちにしてやる。」

 慧がそう言って、声を立てて可笑しそうに笑うと、麗子も同じように顔をほころばせた。二人はどちらからともなく再び抱き合い、熱いくちづけを交わした。



つづく ………


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